第74話 スイートなパラダイス②
校内で日向坂さんが一人になる機会というのは意外とない。
それは彼女は人気者故のことなんだけど、楽しそうに雑談している中に「ちょっといい?」と声をかけるのは躊躇ってしまう俺からしたら非常に不便な事態である。
そんなことを考えながら、日向坂さんのことをぼーっと見ていたからか、目の前に人が来たことに全然気づかなかった。
だから。
「なにずっと見てんだ?」
突然声をかけられたことに驚いてしまう。
「うおッ」
まして、これまで昼休みなんかに声をかけてくるのは日向坂さんとか秋名とかしかいなかったので、男の声ということにさらに驚きは強い。
一瞬、俺か? と思いもしたけど、これは明らかに俺だった。
「そんなに驚くなよ」
マッシュヘアのイケメン、その名は樋渡優作。普通にいいやつで、三学期に入ってからちょいちょい話しかけられる。
「悪い。まだ慣れてなくて」
「なににだよ」
怪訝な顔をしていた樋渡だったけど、俺にツッコミを入れるときにはおかしそうに吹き出していた。
「それで、なに見てたんだ? 視線を追うとそこには女子しかいないようだけど?」
「全部わかった上でなにを訊いてきてるんだよ」
「誰を見てたのかを訊いてるんだな」
にいっとイタズラに笑いながら言ってくる樋渡は間違いなく誰もが認めるイケメンだ。
「別に誰ってことはない。ただクラスメイトを眺めてただけだ」
「それはそれで問題だろ」
言いながら、樋渡は俺の前の席に座る。もちろんそこが彼の席ということはなく、そこは普通にクラスの女子の席だ。
俺のような認知されてないタイプの男子が座ると「気持ち悪いんだよくそが」とか言われるだろうに、イケメンが座ることに関してはなにも言ってこないもんな。
ほんと理不尽な世の中だよ。
なんてことはどうでもよくて。
「まあ、日向坂を見てるのは分かってるけどね」
「じゃあなおさら訊くなよ」
「本人の口から訊きたいだろ? 実際のとこどうなの? 好きとかそういう感じ? ていうか、ぶっちゃけ実は付き合ってるとか?」
「付き合ってない。俺みたいなランクの男が日向坂さんみたいな高ランク女子と付き合えるはずないだろ」
「自己評価低すぎるだろ」
「妥当な評価だと思うけどな。友達だってロクにいないぼっち男子だぞ?」
「昔はだろ?」
俺の卑屈に樋渡はそう即答した。
まさかそんなセリフがそんな速度で返ってくるとは思っていなかったので俺は言葉を詰まらせた。
「……どうなんだろうな」
その言葉に自分の周りの変化を実感してしまう。
あの日、日向坂さんに出会ってから秋名や雨野さんや野中さん、最近では柚木や樋渡。いろんな人と話すようになった。
友達、と呼んでいいのかは分からない。
結局、どこからが友達でどこからはそうでないのか、という基準が自分の中にないからだ。
明確ではないから。
曖昧なままだから。
受け入れてしまうのが怖いのだ。
そうでなかったときにショックだから。離れてしまったときに悲しいから。
自分の気持ちを抑えて、そうでないと距離を取っている。
あんな思いはもうしたくないから。
自分の気持ちに蓋をしているのだ。
分かってる。
そんなこと無意味だってことくらい。
どころか、改善されつつある自分の周りの環境に悪影響を及ぼす可能性すらある。
認めて。
受け入れて。
自ら結ばれた糸が解けないようにすればいい。
分かっていても、行動に移すのは難しい。
「今の志摩には友達いるだろ」
それより、なにより。
そんなことを言ってくれる人なんてこれまでいなかった。
お世辞であっても、俺にそんなことを言ってくれる人が現れたことは大きな変化だ。
「……そうかもな」
「それで? 日向坂狙いなのか?」
「それはノーコメントだ」
どうしてそうすぐに恋愛どうこうの話になるんだよ。
俺が冷たく言うと、樋渡はくくっとおかしそうに笑った。
「まあいいや。その話は置いておくとして、なんか用事でもあるのかな?」
「用事というほどではないけど、今後の予定について話したいことはある」
「けど、一人になるタイミングがないから困っていると?」
「察しが良すぎるの怖いんだが?」
「これくらいは誰でも分かるよ。普通に呼べばいいんじゃないのか?」
「楽しそうに話してるところに割り込む度胸ないわ」
「なるほどね」
と、樋渡さん。
そう言って、よっこらせと立ち上がってきゃっきゃと楽しそうに話してる女子グループのところへ行ってしまう。
嫌な予感がするなあ。
もうそんな気しかしないなあ。
でも止めるには時すでに遅しだなあ。
樋渡が日向坂さんと女子三人(名前は覚えてない)になにかを話し始める。
二言三言話した樋渡がこちらを指差す。
日向坂さんは「えっ」みたいなリアクションをしていて、周りの女子は「きゃー」みたいな顔してる。
多分、よくないやつだなあ。
樋渡はそのままに、入れ替わるように日向坂さんがこちらにやってきた。
「……えっと」
なにか言いづらそうにもじもじする日向坂さんに、俺の中の不安は膨らむ一方だ。
樋渡のやつ、なにを言いやがった。
「なんて言われた?」
「志摩くんがわたしと二人きりで話したいことがあるって。その、わたしたちのこれからについて?」
「間違ってないけどわざわざ誤解を招くように言ってやがるッ」
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