第66話 チョコレートを君に②


「俺を待ってたって?」


 柚木と初めましての挨拶をしてから約一ヶ月が経った。

 学校で顔を合わせれば足を止めて軽く雑談をすることは何度もあったし、時折ラインが届くこともあった。


 お互いに家が近いこともあり、登校中にたまたま出会うこともあったけれど、こうして彼女がわざわざ俺を待っていたことはなかった。


「うん。そう」


「どうして」


「一緒に学校に行こうと思って。迷惑だったかな?」


 困り顔でこちらを見られると迷惑だなんて言えない。そもそも別に迷惑だとは思ってないわけだし。


「全然。ただこれまではそういうことなかったからどうしたのかなって」


 ここで立ち話もなんなので、俺たちは歩き始める。彼女に合わせるため、俺は乗っていた自転車を手で押しながら進む。


「いや、隆之くんって自転車通学でしょ?」


「そうだな」


「だから、一緒に行こうとするとこうして手で押してもらうことになるじゃない? それが迷惑になるかなって」


「別にそこまで思わないけど。柚木も自転車で来ればよかったのでは?」


「そうなんだけど。あたし、こうやってゆっくり歩く時間も好きだからさ」


 俺には分からないけど、それぞれ好きなものはある。ゆったりと時間が過ぎていくことを好む人だっているか。


 俺だって徒歩で通学できる距離ではあるけど、面倒という気持ちに抗えずに迷いなく自転車を使っている。


 そういう意味では、わざわざ不便な道を選びながらかつそれを楽しんでいる柚木には感心させられるな。


「それは分かったけど、ならどうして今日はそれを実行したわけ?」


「なんでだと思う?」


「分からん」


「もうちょっと考えようよ」


 つまらなさそうに言われたところで、俺は仕方なく少しだけ考える。

 考えたとて、答えが思いつくとは思えないのだが。


「……わからん」


「諦めが早いなあ。じゃあヒント」


「頑なに答えを言わないな」


「正解したらいいものあげるから、頑張ってよ」


「金か?」


「身も蓋もないこと言わないで。そんなんじゃない」


 金じゃないのか。

 いいものと言われてまずお金が思い浮かぶ自分はどうかと思うけど、結局のところ世の中お金がすべてだしな。


 お金じゃないならなんだろうか。


「それで、ヒントは?」


 登校するにはいい時間なので、学校に近づくにつれて、周りの鳴高生は増えていく。


 もちろん、各々が好きに喋っているのでこちらの様子を気にしている様子はない。


 日向坂さんと違って、柚木は一緒にいるところを見られてもどうこう思われることはないので気持ちは楽だ。


「そうだなあ。あたしはある目的を果たすためにあそこにいたんだよね。隆之くんに用事があってわざわざ待ってたんだよ」

 

「それは学校ではできなかったこと?」


「できないことはないけど、できることなら朝一番にしたかったの」


 ふむ、と考える。

 これだけ言ってもわからないのかと柚木は少し呆れ気味だった。


「じゃあ、大ヒント。今日はなんの日でしょうか?」


「今日は……バレンタインデー?」


 そこまで鈍感ではない。

 俺が言ったところで、柚木が正解とでも言うようににこりと笑った。


 そこでようやく彼女の言わんとしていることを理解した。


 ただ、自分で言うのは恥ずかしいだろこれ。


「つまり?」


「その、あれか、俺にチョコをくれる的な?」


「うん。せいかい」


 多分今の俺は顔が赤いだろう。

 それを見られたくなくて、楽しそうに頷いた柚木から視線を逸らした。


「ということで、これ」


 カバンから可愛らしくラッピングされたチョコレートを取り出して、それを俺に渡してくる。


「お、おー」


「なにそのリアクション」


 どう言っていいのか分からずにただ声を漏らしただけの俺のリアクションに、柚木はくすくすと笑った。


「ありがとう」


「うん。良さげなやつ買ったから美味しいと思うよ」


「手作りじゃないのか」


 なんとなく、これまでずっと梨子が手作りをくれていたのでそういうものだという固定観念があった。


 けど、家族ではないし恋人でもないのなら、逆にそれくらいが普通なのかな。


「手作りの方がよかった?」


「別にこだわりはないかな。これまでもらってたのがずっと手作りだったから」


「隆之くんってチョコ貰えるタイプの男子だったんだ?」


「意外そうに言うな」


 事実だけど。

 残念ながら、チョコ貰えるタイプの男子ではなかったけど。


「妹がくれるんだよ」


「あー、家族愛の話か」


「そんな大層なものではない」


 俺は貰ったチョコレートを自分のカバンに入れる。こういうのって一日置いておいても溶けたりしないのかな。


「手作りにしようかは悩んだんだけどね、そういうの嫌がる人もいるでしょ?」


「そうなのか?」


「うん。ほら、人が作ったものを口にするの躊躇うことってあるでしょ?」


 気にしたことなかった。

 たしかに潔癖症とかあるもんな。誰もが気にせず食べるわけじゃないのか。

 そういうところを考えると、安易に手作りにするのは躊躇うのもなんとなく分かる。


「そういうもんか」


「隆之くんは気にならないんだね」


「そうだな。貰えるだけで有り難いし」


「……そっか。なら手作りにすればよかったかな」


「けど、そういう前提があるんなら、手作りだと本命感強くなるんじゃないか? 友達に渡すなら、それくらいのがいいのかもしれないな。バカな男子は勘違いしてしまう」


「それくらいで勘違いするの?」


「するよ。そもそもチョコレートを貰うだけで勘違いしそうになるのに、手作りとあればもしかして愛がこもっているのではと思うだろ」


 一口サイズの量産型ならともかく、ある程度の大きさのチョコレートなら勘違いするには十分だ。


「隆之くんも?」


「俺は現実をしっかり見ているタイプの男子なので、そんな虚しい勘違いはしないよ」


 俺みたいな男が女子にモテるはずがない。そもそもその前に友達ができるはずだしな。


 まあ、こうして友達ができたことにより友チョコなるものを貰えているわけだが。


「……勘違い、してくれてもいいのに」


 考えごとをしていると、柚木がごにょごにょとなにかを言った。声が小さいこともあって、上手く聞き取れなかった俺は聞き直す。


「なんだって?」


「んーん。なんでもない」


 どうしてか教えてくれない柚木にもう一度訊いてもやはりだんまりで。

 諦めてバレンタイントークに花を咲かせながら俺たちは学校に向かった。

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