第64話 ライバル?


 隆之くんって呼んでた。


 すごいナチュラルに。

 まるでなんでもないように。

 普段からそうしていたみたいに。


「……」


「陽菜乃?」


 駅のホーム。

 ついさっき電車は出発してしまったので、次の電車が来るまでもう少し時間があった。


 わたし、日向坂陽菜乃は同じく次の電車を待つ秋名梓と二人並んで立っていた。


「ん?」


「いや、なんかぼーっとしてたから」


「ごめん、ちょっと考えごと」


 わたしは笑ってごまかした。


 梓は、わたしの気持ちってもう知ってるんだよね。

 大晦日の日にラインでそんなことを言われたはずなんだけど、あれから特にその話題に触れてくることもなくて、わたしもどうしたものかと思っていた。


「……あのね」


 せっかくの機会だし、思いきって話してみようかな。周りに人もいないし。

 

「わたしの、その、えっと」


 思いきって、とは言ったけどいざ話そうとすると切り出し方はわからない。


 なんか急に恥ずかしくなってくるし。


 なんてことを考えながら、わたしが言い淀んでいると、


「志摩のこと?」


 と、相変わらずの察しの良さを発揮した梓がこちらを見ながら言ってくる。


 わたしはぼんっと赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくてうつむいてしまう。


「……うん」


「どしたのさ」


「くるみちゃんって、志摩くんのことどう思ってるのかな」


「どうって言われても」


 むうっと梓は唸った。

 これはほんとにわからないときの悩み顔だ。


「なんかね、志摩くんのこと名前で呼んでたでしょ?」


「呼んでたねー。相変わらず人と距離詰めるの上手いなって感心したよ」


「相変わらず?」


 梓は彼女の呼び方にさして驚いた様子はなかった。むしろ、それが当たり前とでもいうようなリアクションだ。


「あの子も人と仲良くなるの早いんだよね。とっつきやすいのかな。小さくて可愛らしいっていうのがあるのかも。いずれにしても初対面でも初対面を思わせないところが魅力的でね」


「そう、なんだ」


「うん。あ、でもたしか彼氏いるよ」


「え」


 わたしは梓の言葉に驚いてしまう。


「なんかそんなこと言ってたような気がする。あんまり詳しくは聞いてないんだけどね」


 彼氏、か。

 もしそれがほんとなら志摩くんに対して恋愛感情的なものは抱いていないはずだよね。


 隆之くんって呼ぶのも、ただ友達として仲良くなりたいからっていうだけなのかも。


「だから、陽菜乃が心配するようなことはないんじゃない? 浮気とかするようなやつじゃないし」


「そっか」


 わたしはほっと胸を撫で下ろす。


 女子の目から見ても、くるみちゃんは可愛かった。

 小動物のようは容姿はどこか守ってあげたくなるような雰囲気があって、人懐っこい笑顔と気さくさでするりと懐に入り込む。


 あんなの、普通の男の子なら好きになっちゃうよ。


 志摩くんがそんじょそこらの普通の男の子だとは思っていないけれど。

 わたしは結構がんばっているのに、全然気づいてくれない鈍感さんだし。


「でも、もしもくるみが万が一志摩のこと好きだって言ってきたらさ」


「うん」


「陽菜乃の気持ちは知ってるけど、もちろん応援してるけど、陽菜乃の敵に回るとかじゃないけど、くるみをフォローすることはあると思う。陽菜乃は大切な友達だけど、くるみも大切な友達だから」


「……そうだね。それはしかたないよ」


 梓には梓の交友関係がある。

 わたしを優先してほしいとは思わない。もちろん、応援してほしいとは思うけど、それで梓が誰かから責められるのは間違ってると思うから。


 どれだけサポートされても、最後にがんばらないといけないのは自分自身なんだから。


「けど、ないと思うよ。志摩みたいな男が可愛い女の子二人から言い寄られるなんて展開はさ」


「志摩くんはいい人だよ?」


「悪いやつだとは思ってないよ。面白いやつだと思ってる。けどなあ、彼氏にするにはちょっと違うかな」


「……わたしとしてはそう思っててくれた方が助かるからそれでいいや」


 志摩くんにはいいところがたくさんあるけど、それを誰かが知ればもしかしたら好きになってしまうかも。


 だったら、志摩くんのいいところを知ってるのはわたしだけでいい。むしろ、わたしだけがいい。


「陽菜乃みたいな女の子から思われてるなんて、志摩は幸せ者だよね。なんで気づかないのかな?」


「ほんとそうだよね。わたしもそれは思うよ。鈍感すぎる」


 梓と話していると、胸の中にあったモヤモヤはいつの間にかなくなっていた。


 くるみちゃんが志摩くんに対して恋愛的なアプローチを仕掛けでもしたら、もしかしたら志摩くんの心が動いてしまうかも、と不安だった。


 けど。


 そっか、彼氏がいるのか。

 じゃあ安心だよね。


「お、電車来たね。じゃ」


 梓は反対車線の電車に向かう。


「うん。またあした」


 ふりふりと手を振って、わたしもやってきた電車に乗り込んだ。


 車窓から流れる景色を見ながら思う。


「……隆之くん」


 初めて彼をそう呼ぶのは、わたしだと思っていたのにな。


 と。

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