第57話 あけましておめでとう⑤
困ったものだ。
あの屋台のおじさん、焼きそばはもりもりにサービスしてきたくせにお箸入れ忘れるとか何事だ。
それともなにか、これを一人で食べると思っていたのか?
「焼きそばはサービスするけど、お箸は一膳と決めてあるとか?」
俺は冗談混じりに言ってみる。
「いやいや。そんなことはないでしょ」
まあ、そうだよね。
シンプルに入れ忘れたのだろう。
少し歩くのは面倒だけど、この量を日向坂さん一人に食べさせるのは酷だ。
いや、食べ切れはするんだろうけど。
「俺、お箸もらってくるよ」
よっこらせ、と立ち上がる。
歩き出そうとした俺の腕を、日向坂さんがガシッと掴んだ。
「ん?」
どうした、と彼女の方を振り返る。
「もう一度あそこまで戻るのは大変でしょ?」
「いや、まあ。面倒ではあるけど、大変というほどでは」
「……でもでも、もしわたしたちがお箸もう一膳くださいって言ったらあのおじさん、自分が渡し忘れたミスをこのあとも引きずっちゃうかもしれないよ」
「そんなことないでしょ。なんならよくあるミスじゃない? そもそも、買ったの一人だしミスでもないし」
「それはそうだけど、じゃあ、わたしたちがお箸をもらったことでお箸をもらえない人が現れるかもしれない!」
「じゃあっていうのはどうなのよ」
「そうだよ。わたしたちは一膳だけでももらえてるのに、もう一膳もらうのは贅沢だよ。ちがう?」
違うと思う。
が。
日向坂さんがこうしてつらつらと言葉を並べてるときは、彼女の中になにかしらの考えがあるとき。
そんな気がする。
だから俺はその言葉を飲み込んで、別の言葉を吐き出すことにした。
「つまり、どうすればいいの?」
「お箸なんて、一膳あれば十分ってことだよ!」
ババーン! となぜかどや顔を作る日向坂さんに、俺はそれ以上のことを言わなかった。
たしかに極論を言うなら、お箸なんて一膳あれば事足りる。
梨子とこういうアクシデントに遭遇した場合に至っては『お兄、お箸もらってきて』『いやだめんどい。お前がもらってこい』『絶対いや』みたいなやり取りの果てに一膳で二人で食べる。
どんだけ面倒くさがりなんだよ。
けど。
日向坂さんは梨子ではない。
彼女は俺のクラスメイトであって、妹ではないのだ。
「いいよね?」
日向坂さんは念を押すように確認してくる。緊張した顔つきはどういう感情を隠しているのだろう。
「まあ、俺は構わないけど」
君は構わないのか?
そういうニュアンスで問うてみた。
「じゃあ、問題なしっ」
いただきます! と手を合わせてから日向坂さんは焼きそばを口にした。
むぐむぐと咀嚼して、ごくりと飲み込み、そしてまるで高級フレンチでも食べたようなうっとり顔を見せた。
「んー、おいしい」
屋台の焼きそばでそんな顔できるなんて幸せな人だな。いや、まあ美味しいんだけどね。
ただ、そんな三日三晩なにも口にしてない状態でハンバーガー食べたときみたいなリアクションは大袈裟ではなかろうか。
「はい、志摩くんもお食べ? おいしいよ」
少し食べた日向坂さんは焼きそばとお箸を俺に渡してきた。
「あ、ありがと」
それを受け取り、一呼吸。
これを俺が今から食べるのか。ていうか、本当に食べていいのかな。
さすがに俺だってこの状況でなにも思わないほど鈍感ではない。
つまりはその、いわゆる間接キス的なシチュエーションなわけで。
しかも相手はあの日向坂陽菜乃なわけで。
こんなの、男子ならば誰もが憧れる状況と言える。こんなところをクラスの男子に見られでもしたら間違いなく刺される。
そう言い切れるくらいの羨まシチュエーションだ。
それを俺は受け入れていいのか?
ただの友達である俺が。
いや待て。
逆に、友達だからこそ許されるところがあるのでは?
逆にな。
うん、そうだな。
これ仮に日向坂さんと秋名が登場人物ならなにも問題なく事は進んでいるし、残念ながら今のところいないけど俺とまだ見ぬ男友達が登場人物でも同じく問題はない。
友達ならばこれくらいするよな。
友達いなさすぎて、俺の中の常識がちょっとおかしかったんだ。
うん、そうに違いない。
「どうした、の?」
少し不安げに日向坂さんが尋ねてくる。彼女にこんな顔をさせてはいけない。覚悟を決めろ志摩隆之ッ!
「いや、なんでも」
半ば無理やり自分を納得させた俺は箸を構えて焼きそばに手を伸ばす。
そして、焼きそばを口に運んだ。
「……うま」
普通の焼きそばなのにな。
なんでこういうときの焼きそばってこんなに美味しいんだろ。
不思議だ。
この世の七不思議に入れてもいいくらいに不思議だ。
「だよね。美味しいよね!」
俺はもう一口食べてから、それを日向坂さんに返す。
てっきり、半分食べてから渡されるものだと思っていたのだが、結構な序盤で渡されたので多分これが正解なんだよな?
恐る恐る渡すと、日向坂さんも恐る恐る受け取った。いやなんでやねん。
「それじゃあ、わたしももう一度食べるね」
日向坂さんに渡されたものを食べるのはもちろん緊張したけど、自分かま渡したものを食べられるのも緊張するな。
ゆっくりと焼きそばを口にした日向坂さんが、やはり美味しそうに笑う。
「……おいひぃ」
そんな感じで何度かに分けながら、二人で焼きそばを食べ切った俺たちは屋台のエリアに戻ることにした。
なんか焼きそば食べるだけでえらく疲れた気がする。
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