第56話 あけましておめでとう④
屋台ゾーンに再び到着したけど、やはり人は一番多い。気持ち、さっきよりも増えているような気がする。
ざわ、ざわ、と。
お祭りではないものの、それでも変わらない賑わいを見せている。空を見上げたところお日様が顔を出しているところ以外は大差ないのかも。
「日向坂さんはなにか食べたいものある?」
「焼きそば、かな」
「焼きそばか」
「きらい?」
「いや、そうじゃないよ。なんか、意外な答えだったから」
「意外じゃない答えは逆になんなのか気になるところだね」
「……なんだろ」
言われてみると、そう意外でもなかった。
女の子が、という意味で考えていたので焼きそばというよりはもうちょっとヘルシーだったりインスタ映えしたりする食べ物をチョイスするとイメージしてた。
けど、日向坂さんは見た目に反して結構食べるキャラなんだよな。だから、そう考えると焼きそばというのは妥当だ。
とりあえずお腹を膨らませようということを第一に考えてそうな提案が実に日向坂さんらしい。
が。
そんなこと、女の子に言えばデリカシーがどうこうと言われるに違いない。
嘘も方便ということわざもあるし、ここは一つ、それっぽい言葉で誤魔化しておこう。
「……冷やしキュウリとか?」
「ぜったい今てきとうに考えたよね?」
「いやいや」
図星だったので、それ以上なにも言えなかった。
「さて、焼きそばを買いに行こうか」
「ごまかしたね。まあいいけど」
屋台は実に様々な種類が並んでいる。
ベビーカステラ、焼きとうもろこし、フランクフルト、からあげ、チョコバナナ、他にも鉄板屋台から変わり種まで。
見ているだけでお腹が空いてくる。
「志摩くんはなにが好き?」
「とりあえず買うものといえばベビーカステラかな」
「あー、美味しいよね。わたしも好きだな」
「ベビーカステラ嫌いって言う人に、これまで会ったことないね」
「志摩くんはまずその話題を出す相手がいないよね」
そんな笑顔で言わんでも。
俺じゃなかったら怒ってるぜ。
「まあ、基本的にぼっちだからね」
「あ、ごめ」
本当に悪気なく言ってるから、逆にリアクションに困る。秋名くらい遠慮なしにぼっちをイジってくるならいいんだけど。
「いや、別に気にしてないから。逆にそういうリアクションの方がガチ感出て困る」
「そっか、うん、ごめんね」
「そんなことより、焼きそばの屋台あったよ」
少し先に焼きそばと書かれた屋台を見つけた。屋台って文字の書き方独特で一瞬なんの屋台か分からないときあるんだよな。
らてすかーびべ……ああ、ベビーカステラか。
みたいな。
「志摩くんも買う?」
「いや、俺はいいかな。焼きそばでお腹膨らますのなんだし」
「そっか」
日向坂さんはそれだけ言って、屋台のおじさんに「焼きそばひとつ!」と注文しに行った。
「お嬢ちゃん可愛いね。一人かい?」
「あ、いえ」
ちらと日向坂さんが俺の方を見てくる。屋台のおじさんもその視線を追って俺を見た。
「なるほど。彼氏かい。それじゃあ幸せな二人におまけしちゃおうかな!」
「か、彼氏だなんて……」
言って、おじさんは焼きそばをもりもりに盛ってくれたおかげで、容器から溢れている。
「ありがとうございます」
「あいよ! 美味しい焼きそば、楽しみなよ!」
おじさんはパチリとウインクをした。短髪にはちまきの強面おじさんがウインクとは似合わない。
ていうか、焼きそばのなにを楽しめと?
「はいっ」
溢れるくらいの焼きそばを持って、日向坂さんが帰ってくる。満面の笑みとこのもりもりの焼きそばがやけに似合っていて笑ってしまいそうになる。
「どうしたの?」
「……いや。その焼きそばを持って歩くのもなんだし、どこかで食べようか」
「うん」
もじもじとしているからどうしたのかと思ったけど、日向坂さんは焼きそばをちらと見てから俺の方を見る。
「あの、これはちょっと一人で食べるにはちょっと多くて。志摩くんも食べてくれる?」
「その量はさすがにキツイか」
それでも、日向坂さんならばペロリと平らげてしまいそうなものだけど。
「焼きそばだけでお腹いっぱいになりたくないし」
「ああね」
食べれはするんだ。
俺がそう思ったとき、日向坂さんがしまったという顔をこちらに向けた。
「ちがう。まちがえた。この量を一人で食べるのはしんどいの。うん、こっち」
テンパっているのか、目が泳いでいらっしゃる。そんな間違え方しないだろ、とツッコみたいけど可哀想だから流してあげよう。
「そうだよね。半分ずつにしようか」
「うん。そうしよ」
というわけで、少し歩いたところにあるスペースにベンチがあったのでそこに腰掛ける。
イートインが目的の場所ではないのだろうけど、どうしてか人の数は少ない。
わざわざここまで来ることないってことなのかな。
まあ、基本的には食べ歩きが前提で提供される料理が多いからな。わざわざ座りに来る方が面倒か。
俺たちだって、焼きそばがここまで盛られていなければここまで来なかっただろうし。
「あ」
ベンチに座り、割り箸をパキッと割ったところで日向坂さんがなにかに気づく。
「どうしたの?」
「えっと、その」
なにか言いづらそうにしている日向坂さんの言葉を待つ。
トイレかな? なんて言葉をここで吐くほどデリカシーに欠けてはいない。
「お箸が」
「お箸が?」
俺は日向坂さんの手にある割り箸を見て、そのあと彼女の膝の上にある焼きそばを見た。
なるほどね、と日向坂さんの言いたいことを理解する。
「一つしかない」
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