第58話 あけましておめでとう⑥


 焼きそばをすべて食べた時点でなかなかにお腹は膨れてしまったけど、せっかくの屋台を堪能したいという気持ちもあった。


 けど、やっぱりガッツリしたものは厳しくて。


「ベビーカステラは買おうかな」


 とりあえずベビーカステラは買いたい派なので、それだけは確保しようと思う。


「日向坂さんは他になにか買う?」


「んー、そうだね。あ、フランクフルト!」


 屋台が並ぶ道を歩きながら、そんな話をしていると日向坂さんがフランクフルトの屋台を見つける。


 ててて、と屋台の方に行ってしまう日向坂さんを俺はあとから追った。

 普段はしっかりしたイメージが強いけど、たまにあんな感じではしゃいだりするんだよな。


 ……。


 俺はまた日向坂さんの後ろで屋台のおじさんとのやり取りを眺める。

 コミュ力高いから誰とでも難なく喋るんだよな。ほんとに凄いと思う。


 おじさんが「お、お嬢ちゃん一人かい?」と話し始め、日向坂さんが「ちがいますよ。あそこの彼と」と言えば、「お、いいねえ。よし、青春真っ只中な二人におじさんサービスしちゃうよ!」なんて言い、日向坂さんは「ほんとですか? ありがとうございます」とにこやかに返す。


 そして、にこにことご機嫌な様子でフランクフルト二本を手にし戻ってくる。


 もちろん……。


「おじさんがおまけしてくれたよ。はい、志摩くんのぶん」


 と、俺に一つを差し出してくる。


「おいひぃ」


 フランクフルトはさっきの焼きそばと違い、簡単に食べることができるので日向坂さんはその場で口にする。


「……いただきます」


 俺もフランクフルトをひと噛り。


 いや、美味しいんだけどね。

 でもちょっと多いんですよ。一口一口がお腹にズシリとダメージを与えてくる。ダメージとか言っちゃダメだな。


 なんで日向坂さんはぺろりと平らげてしまっているのか。満足気な日向坂さんはまだ半分以上残ってる俺のフランクフルトを見て「え、美味しくないの?」みたいな顔をしてくる。


 こっちがおかしいみたいに考えないでほしい。


「あ、見て志摩くん、たこ焼きだって!」


「そうだね」


 すぐに次のターゲットを見つけた日向坂さんは迷いなく屋台に行ってしまう。

 ちらちらとこちらを見ながら屋台の人と話しているので、今回は聞こえてないけどさっきと似たような会話が繰り広げられているに違いない。


 いやな予感を覚えながら、俺はなんとかフランクフルトを完食する。


「見てよ、おじさんがおまけしてくれた。かわいいお嬢ちゃんだね、彼と楽しんでねって」


「……か、かわいいってお得だね」


「そうだねー。感謝だよ」


 余計なお世話ってやつだよ。

 満腹に近づくにつれ、精神的に余裕がなくなってくる。ダメだぞ隆之、人の親切には感謝しなければ。


「半分こしようか」


「……別に食べたいなら日向坂さんが食べてくれてもいいけど?」


「それだと他のが食べれなくなるじゃない。半分こでいいよ」


 まだ食べるの?

 嘘でしょ?


 その後も、日向坂さんの屋台巡りは続き、俺はフードファイターでもないのに大食い大会に出場したような気分になった。



 *



 俺はオカルトというものを信じてはいないけれど、例えば神社で引くおみくじに、人はどれだけの信憑性を抱いているのだろう。


「おみくじ、引いてなかったね」


 屋台を堪能した日向坂さんが思い出したように言う。

 参拝を済ましたあとは空腹のあまりそんなこと頭の中になかったのだろう。


「じゃあ引きにいこうか」


「うん」


 信じてはいない、とは言ったけど別に引かないとは言ってない。一年のとは思わないけどその場の運試し程度の気持ちで挑むことはある。


 別に大吉だったから喜ぶわけではないし、大凶だったからといって落ち込むようなこともない。


「日向坂さんはおみくじはよく引くの?」


「んー、神社に来ると引いちゃうかな。なんかワクワクしない?」


「引くときはね」


 俺たちは境内の方に戻る。

 参拝のときと違って、おみくじ売り場は混雑していない。タイミングがよかったのかもしれないな。


 数人並んでいる列の最後尾について、待つこと数分。すぐに俺たちの番は回ってきた。


「おみくじふたつお願いします」


 お金を納め、渡された箱から一本の棒を出し、そこに書かれた番号のおみくじをもらうという、どこにでもあるおみくじのシステムだった。


 受け取った俺たちは横に移動しておみくじを開く。


「……」


 吉、か。

 可もなく不可もないな。こういうときに最もつまらない展開といえる。信じていないからこそ、エンタメ的には大吉とか大凶がベストだったろうに。


 書いてることも無難なことばかりで、特に気になるところは見当たらない。


「どうだった?」


「普通だね。なにもかも」


 隠すものでもないので、俺はおみくじを日向坂さんに見せる。


「吉かぁ。金運とかどう?」


「遣えば遣うほど戻ってくるってさ。そんなことあるはずないのにね」


 たまにそういう話を聞くこともあるけど、あれは全面的に納得していない。


 遣わなくても入ってくるし、逆に遣っても入ってこないものだ。


「れ、恋愛運とかは?」


「……素直になると良し、だって」


「素直になるといいらしいよ」


「努力するよ。日向坂さんはどうだったの?」


「んー? こんな感じ」


 なんと彼女は大吉だった。やっぱり持ってる人は持ってるんだな。神様に愛されているというかなんというか。


 日向坂さんレベルの人になると神様さえも味方につけてしまうのか。


「ちなみに、恋愛運なんだけど」


「……なんでそんなに恋愛運を気にするの?」


「高校生だからっ」


 よく分からない理由を投げられたような気がする。まあ、高校生といえば青春、青春といえば恋愛という構図は分からないでもないか。


「で?」


「恋愛運のところにはね、諦めることなく思い続ければきっと思いは届くでしょう、だって」


「さすが大吉。いいこと書いてるね」


「……そうだね」


 日向坂さんはじいっとおみくじを見つめながら小さく返事をした。

 俺は引いたおみくじを木のところに括り付ける。


 日向坂さんもそれに続こうとしたから、


「大吉は持って帰ってもいいみたいだよ」


「そうなの?」


「うん。理由は知らないけど」


「そっか。じゃあせっかくだし、持って帰ろうかな」


 俺が言うと、日向坂さんはおみくじを財布の中にしまった。


 おみくじを引いたところで俺たちは神社をあとにする。

 正月からあちらこちらに行くのも疲れるだろうということで、その日は解散ということになる。


 一緒に電車に乗り、ガタンゴトンと揺られること数十分。こうして二人並んで電車に乗っているとクリスマスの日のことを思い出す。


 あの日、せっかく俺たちは少しだけ歩み寄ったのだ。これからはもう少し、素直になってもいいのかもしれない。


 別に、恋愛どうこうという話ではないけど。


「それじゃあ、俺がここだから」


 俺の最寄り駅が先にやってくる。言っても、きっと日向坂さんもすぐなんだろうけど。


「あ、志摩くん」


「ん?」


 俺が立ち上がったあとに日向坂さんも後を追うように立ち上がる。


「どうしたの?」


「一つ、忘れてて」


「なにを」


「あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします」


 あー。


 たしかに言ってなかった。


 友達と正月早々に会うことなんてないからすっかり忘れていた。いけないな、新年の挨拶はしっかりしなければ。


「あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします」

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