第47話 聖なる日の祈り⑭
財津翔真の告白宣言により、カラオケルームの中は本日最高潮のボルテージにまで高まった。
きっと誰もが思っているだろう。
あの財津翔真が告白するのだから、ハッピーエンドに向かわないはずがない。
と。
同時に女子はざわざわし始める。
ここで告白宣言をしたということは、この中にその相手がいるということだから無理もないか。
「この状況であんなこと言えるなんて、よほど自信があるんだねー」
秋名がステージにいる財津を見ながら感心したような声を漏らす。
「冷静だな」
「どういう意味?」
「他の女子はもうちょっとキャッキャしてるだろ」
「心当たりがあるからでしょ。まあ、中にはワンチャンな世界を夢見てる人がいるかもだけど」
「というと?」
「志摩と一緒だよ。私もリアリストなだけ。私と翔真くんの間にフラグは立ってなかったから」
「知らず知らずのうちに立ってた可能性だってあるだろ」
「ないよ。翔真くんの態度がそれを物語っていたし」
翔真くん、と呼んだりするくらいには仲が良いだろうに、それでも一切のブレを見せずに冷静でいるところ、それが本心なのだろう。
「それにほら、キャッキャしてる以外の女子だっているよ?」
どこまでも他人事のように秋名は言う。
言って、その人――日向坂陽菜乃を指差した。
日向坂さんは周りの多くの女子のようにキャッキャと騒いでいるわけではなく、かといって秋名のように冷静な分析の末にあくまでも自分には関係のないイベントとして楽しんでいる様子もない。
まるで働いた悪事が露見してしまったかのような、強張った表情でステージの方を見つめていた。
「あれって?」
「なんだと思う?」
にやりと笑うその表情は、どこか跳ねたような言い方は、まるですべてを分かっているようだ。
「……分からん」
「そう? ポジティブな感情じゃないことだけは確かだよね。まあ、いずれにしてもすぐに分かることだよ」
そのとおりだ。
日向坂さんの感情は分からないけれど、財津がこれから誰を指名するのかは分かっている。
この一連の動きに関係のない表情ではないだろうし、だとするとその表情の理由も日向坂さんの口から語られるはずだ。
『陽菜乃』
財津が日向坂さんを指名する。
瞬間、クラスメイトはざわっと沸く。
同時に日向坂さんの方に注目が集まる。
そのとき、日向坂さんの表情は陰ったものから、いつもの表情に切り替わる。
まるで、その表情を誰にも見せまいと笑顔の仮面を被るように。
『こっちまで来てくれないか?』
「……う、うん」
財津に呼ばれて日向坂さんが躊躇うように一歩踏み出し、そのままゆっくりとステージへ向かう。
クラスメイト全員の視線が日向坂さんに集まる。
日向坂陽菜乃ならば、財津翔真の相手に相応しい。だからこれは祝福するべきことだろう。
と、女子は言う。
財津翔真ならば、日向坂陽菜乃の相手に相応しい。だからこれは祝福するべきことだろう。
と、男子は言う。
誰もが認めることができるお似合いのカップルが誕生する、と誰も疑わずに行く末を見届けている。
一体この中の何人が、この告白のラストを予想していることだろう。
いや、あるいは皆の予想通りになることだってある。そうならない、というのは俺の希望的観測でしかないのかもしれない。
日向坂さんが財津のことを好きではなく、この告白を断る確たる証拠があるわけではない。
なんとなく、これまでの様々なピースがそう思わせているだけだ。
だけど。
一つ、財津翔真が日向坂陽菜乃に振られる理由を上げることはできる。
どれだけ積み重ねてきたかは分からない。
けど、財津は最後の最後で一つのミスを犯した。
『こんな形にしちゃってゴメン』
「……」
きゅっと唇を結ぶ日向坂さんはなにも言わない。どこまでも楽観的に笑う財津はそれでもお構いなしに続けた。
『けどさ、せっかくのクリスマスなんだし、みんなに祝福されながらのスタートも悪くないかなって』
自分本位な理由だ。
そして、やはり自分が振られるなんて可能性は微塵も感じていない。
積もる思いを告白し、日向坂さんが恥ずかしながらそれを受け入れ、クラスメイトから祝福の声と拍手を貰いながら、二人で聖夜の街へと消えていく。
財津が思い描く未来はきっとそんな感じなのだろう。
だからこれはあくまでも通過点でしかなく、踏むべき過程でしかない。
結局のところは自己満足。
こんな大勢の前で告白されて嬉しい女子なんているのだろうか。
いや、厳密に言えばいるのかもしれないけど。フラッシュモブなんてシステムがあるくらいだし、それが愛の大きさと捉える人もいるのだろうけど。
でもそれは本当に百パーセントの確信があって初めて許されることだろう。
少なくとも、今回のようなイチかバチかな状態で実行するべきことではない。
まあ。
財津の中では百パーセントであって、イチかバチかではないだけなんだろうけど。
ともかく。
財津は日向坂さんの気持ちなんて、都合なんて、これっぽっちも考えていない。
どこまでも独りよがりで、どこまでも自己満足。そんな自信過剰な男が果たして選ばれるだろうか。
容姿がどれだけ整っていようと、外壁に守られた本性を覗かれたそのとき、すべてが瓦解するのは明白だ。
ロマンチストの最期を見届けよう。
『陽菜乃、お前のことが好きだ。オレと付き合ってくれ』
財津翔真は口にした。
シンプルに思いの丈を言葉にした。
「……わたしは」
日向坂陽菜乃は口を開いた。
シンプルに思いの丈を言葉にする。
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