第46話 聖なる日の祈り⑬


『『おちゃめでキュートで無敵なオンナノコ そうよ私達は ふたりはきゅあきゅあプリティハート!』』


 地獄の時間やで。

 次々に曲を提案してくる日向坂さんに対し、段々と申し訳無さが勝ってきた頃、たまたま日向坂さんが『ふたりはきゅあきゅあプリティハートのテーマ』を提案してきた。


 これは本当に偶然なのだが、うちの妹がきゅあきゅあシリーズ大好きっ子であり、よくリビングで観ているのを見ていたせいでこの曲を覚えてしまった。


 出掛けるときとかにも車の中でかけたりするのでしっかりフルサイズで把握している。


 日向坂さんは日向坂さんで、きっとななちゃんがいるから女児向けアニメのオープニングテーマを知っていたのだろう。


 そんなわけで、俺は今、日向坂さんと二人で女児向けアニメのオープニングテーマを歌っていた。


 これに対しクラスメイトは盛り下がるでもなく、興味なさげにスマホをいじるでもなく、しっかりとウェイウェイ盛り上げるのだから感心以外のなんでもない。


 こいつらマジですげえな。


 なんてことは思いながらも、地獄の時間であることには変わりないので早く四分経ってくれという気持ちしかない。


 それにしても、と俺は隣で一生懸命歌う日向坂さんを見る。


 歌、あんまり上手くないなぁ。

 けど楽しそうだからまあいっかって感じだ。

 カラオケって大事なのは上手さじゃなくて楽しさなんだなと思わされる。


 俺だってお世辞にも上手いとは言えない。きっと日向坂さんとトントンだろう。


 歌うのが楽しいと思っていないところが俺と彼女の違いだろう。


『いえーい!』


 最後のサビを歌い終えると、日向坂さんはまるでライブ中のアイドルのようにピースサインを見せた。

 それはそれでダサいが、可愛いので許されている。

 ピューっと指笛を吹いてる人がいる。あれどうやって鳴らしてるんだろ。何回やってもできないんだよな。


 などと考えながら、俺は早々にステージからはけることにした。


 目立つことを好まない俺からするとこの賞賛の嵐的な空気感はどうにも耐え難い。


 日向坂さんはパーティーの空気にあてられてか、いつもよりテンションが高く、どもどもーと手を振り返している。


 ああやって見ると、本当にアイドルとファンのようだな。


「陽菜乃、すごいよね」


 そんな俺に声をかけてきたのは秋名だった。その視線はステージにいる日向坂さんとそれに群がり盛り上がるクラスメイトに向いている。


「すごいって?」


「可愛くて優しくて、面白くて気さくで、みんなから好かれてるじゃん? 私、陽菜乃のこと嫌いっていう人見たことないんだよね」


「それは、確かにそうだな」


 俺はそもそもそんな情報が耳に入ってくる機会なんてないから分からんけど、そんな人がいないことは容易に想像できる。


 きっと誰もが、彼女のことが好きに違いない。

 関わる人すべてを魅了する。それは俺も例外ではなかった。


 日向坂さんと関わる中で、あの人の良い部分に触れ、確実に彼女に惹かれている。


「陽菜乃に言い寄る男子なんて数知れないでしょ?」


「だろうね。あんな人ともし恋人になれでもしたら一生誇れるだろうし」


「……」


「なに?」


 ほけーっとこちらを見てくる秋名に、俺は訝しむ顔を向ける。そんな間抜け面でまじまじ見られても困るんだが。


「いや、志摩でもそんなこと思うんだって」


「そんなことって?」


「だから、陽菜乃と付き合えたらラッキー的な」


「そりゃ思うだろ。俺だって男だぞ」


「付き合いたいって思うの?」


「ノーコメント。ただ、俺は高望みはしないし、届かないものに手を伸ばすほど夢想家じゃないよ」


「リアリストだと?」


「そうあろうと努めているつもりだよ」


 求め続けても、手に入らないのであれば意味はない。それは自分が辛い思いをするだけだ。

 だったら最初から望まなければいい。そうすれば傷つくこともないし、失望することだってない。


 友達すらろくにいない俺が彼女なんて作れるとは思えないし、ましてやその相手があの日向坂陽菜乃なんて考えるべきじゃない。


「ふーん。ま、志摩がそう思ってるなら私はなにも言わないけど」


「けど?」


「君は、自分で思ってるほどつまらない人間じゃないと思うよ。ただ自分を表現するのが苦手というか、不器用なだけで」


「褒めてる?」


「そりゃもう、べた褒めさ」


 カラオケタイムはなおも続き、その後しばらく騒がしい時間が終わることはなかった。


 ずっと一人でいた俺だけど、この騒がしさは不思議と苦ではなくて、なにかをするわけではないけれど、この空間にいることに有意義さを感じていた。


 それはきっと、今日一日を楽しく過ごせたからにほかならない。


 来てよかったな、と俺はついつい口元に笑みを浮かべてしまう。


 このまま楽しい時間だけが続いてお開きになれば大団円だ。しかし、恐らくそうはならない。


 そうなるように仕向けたから。


 だから。


『えー、そろそろお時間が近づいてきましたので、宴もたけなわということでー』


 と、ギャル子さんが知っているそれっぽい言葉を繋げ、この会の終わりを告げようとした。


 まさにそのときだ。


「ちょっと待ってくれ」


 手を挙げながらそんなことを言い、ギャル子さんの進行を妨げたのは財津翔真だった。


『ん?』


 財津のいつになく真剣な表情に、ギャル子さんを始めとしたクラスメイトがざわつく。


「ちょっと、オレに時間をくれないか?」


『いい、けど』


 フリータイム終了まで、まだ時間はある。

 ステージに立った財津にギャル子さんがもう一本のマイクを渡す。


『それで?』


『最高に楽しかったこの時間を、本当の意味で最高の思い出にしたいから、オレはある人に自分の気持ちを伝えたいと思う』


『え、え、え、それってあれ? いわゆるその……』


『告白ってやつ』


 瞬間、カラオケルームに興奮の声が響き渡った。

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