第45話 聖なる日の祈り⑫
「たまたまペアでゲームができたからって調子乗ってンじゃないだろうな」
さっきの多数派ゲームのことを言っているのだろう。
たまたま、ではないのだけれどそれを言えばまた面倒になりそうなので黙っておこう。
「別に。ラッキーとは思ったけど」
「はァ?」
眉をぴくりと動かす財津。
俺はちらとそちらを見てから、再び視線を前に向ける。
「あの日向坂陽菜乃と一緒にゲームができたんだから、ラッキーだろ」
「運に味方されないとお前みたいな陰キャは相手にされないからな」
「それに関しては否定しないけど、お前なら相手にされるみたいな言い方だな」
「お前誰に向かって言ってんの?」
「財津翔真くん」
ふざけて言うと、やはり財津は舌打ちをしてくる。
予想通りのリアクションに俺は心の中でほくそ笑む。
用を足し終え、俺は先に手洗い場に移動する。バシャバシャと手を洗い、考えをまとめる。
一言。
一言だけでいい。
それだけで財津翔真を焚き付けることができるはずだ。
財津翔真は自信に満ちている。
己がこれまで積み重ねてきたものが、そしてそれを証明するように周りに集まる友達が、財津の自信を増幅させている。
事実、財津翔真はクラスでの立ち位置は間違いなくリーダー格だ。
友達も多く、きっと財津翔真に告白されれば喜ぶ女子もそれなりの数がいるはず。
その自信をへし折ることができれば、あるいは彼が変わることもあるのではないだろうか。
変わらないにしても、俺に関わってくることは多分なくなる。
財津が俺を目の敵にしてるのは、自分が好意を寄せている日向坂陽菜乃に構ってもらっているからだ。
その日向坂さんへの気持ちが絶たれれば、俺に絡んでくる理由はなくなる。
そうして、ようやく俺は日常を取り戻せる。
さらに、日向坂さんを財津翔真というイケメンクソ野郎の毒牙から守ることができる。
だから。
俺がここで言うべき言葉はきっとこれだ。
「せっかくのクリスマスだし、告白でもしたらどうだ? まあ、無理だろうけど」
挑発するように言って、俺はトイレから出ようとする。しかし財津が呼び止めてきたので足を止めた。
「バカか。オレが告白して断ってくる女子なんかいねえっつーの。陽菜乃も一緒だよ」
「……そっか」
「あいつくらいのレベルの女だからこそ、相手はイケメンで完璧なオレであるべきだろ?」
「中身がクソ野郎でも?」
「人間、大事なのは外見だよ。ブサイクに人権はねえんだ。見た目が良ければすべてが許される」
「日向坂さんもそうだと?」
「あァ」
「彼女はきっと、もっと人の本質の部分を見てると思うよ。だからお前には無理だって言ってるんだ」
日向坂さんは人を外見だけで判断するような人じゃない。
イメージや偏見で人の印象を決めるような人じゃない。
噂や陰口に流されて、人を嫌うような人じゃない。
日向坂陽菜乃はそんな人間じゃない。
「言っとけよ。お前がなにを言っても負け惜しみにしか聞こえない。陽菜乃がオレに落とされるところをその目に焼き付けてやる」
くく、と財津は有りもしない未来を想像して込み上げてくる笑いをこぼした。
バシャバシャと財津が手を洗い始める。仲良しこよしで部屋まで帰るのは絶対に嫌なので先に出ることにした。
「あ、日向坂さん」
ドアを開けたところで、俺は財津に聞こえるように呟いた。
「同じ手で騙されると思うなよバーカ。お前みたいなクソ陰キャの考えることは見え透いてんだよ」
財津は俺を嘲笑する。
俺はそれになにか言い返すことはなく、そのままトイレから出た。
*
部屋に戻ると、さっきまでの盛り上がりはさらに高まり、最高潮と言わんばかりに全員のテンションが限界まで上がっていた。
ドリンクにお酒とか入ってないよな?
「お、陽菜乃。ようやく帰ってきたー」
泥酔してるようなテンションで秋名がこちらへやってきた。
そして、日向坂さんにマイクを渡す。
「なんか歌え?」
「……いや、わたしは別に」
「陽菜乃の可愛い歌声をみんなに聴かせてあげたいのよ。目一杯ハードルは上げておいたからよろしく!」
言いながら、秋名は日向坂さんにデンモクも渡す。周りにいたクラスメイトも日向坂さんへ期待の眼差しを向けていた。
大変だな、人気者は。
「じゃあオレと歌おうぜ、陽菜乃」
いつの間にか戻ってきていた財津が入ってくる。隙あらば乱入してくる、これはもう荒らしだよ。
「ううーん」
あまり歌うのは好きではないのか、日向坂さんはそれでも渋っているように見える。
いずれにしても俺は今回は関係なさそうなので、ぼっち決め込んで行く末を見届けるとしますか。
と、座ろうとしたときだ。
「ね、ねえ、志摩くん」
「ん?」
「一緒に歌お?」
引きつった顔で俺にそんな提案をしてくる日向坂さん。そんなことしたら財津がほら、めちゃくちゃこちらを睨んできてるじゃないか。
「オレが一緒に歌うぞ?」
負けじと前に出る財津。
しかし。
「財津くん、歌上手いでしょ? だから、一緒に歌うのはちょっと」
「いや、そんなことないって。気にすんなよ」
「だめ。気にする。だから、志摩くんがいいの」
「俺が音痴だと?」
「そうは言ってないよ」
言ってるんだよなあ。
あんなステージで日向坂さんとデュエット決め込むのはごめんなのだが、百歩譲ってそれは受け入れたとして、そもそもの問題が残っている。
「俺、全然曲知らないから」
「だいじょーぶ。合わせるから。ね?」
言いながら、日向坂さんは俺の隣に座ってきた。
ほんとに知らないからね?
なんだかんだ言いながら有名所は知ってるでしょって思ってるかもしれないけど、マジのガチで知らないんだよ。
それを彼女はこのあと思い知ることになるだろう。
「これとかは?」
「知らないな」
「えー、この前やってた映画の主題歌だよ?」
「そもそもその映画が分からない」
財津がめちゃくちゃ睨んできてんなーと思いながら、俺は日向坂さんの提案してくる曲にひたすら首を横に振っていた。
一応言っておくが、歌いたくないから嘘をついているのではなく、本当に知らないのだ。
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