第42話 聖なる日の祈り⑨


 女子の好きな部位だと。

 そんなもんおっぱいに決まっている、と言いたいところだけどこれは非常に難しい問題だな。


 これはあくまでも一般論だけど、胸が好きじゃない男子はまずいない。これは断言してもいい。


 その中で巨乳派だの貧乳派だのという派閥争いはいつの時代になっても終わることなく続いているけれど、巨乳派も貧乳派も総じて胸が好きであるという事実は変わらない。


 だから、それはあくまでも大前提の話だ。問題は普通に好きというレベルの胸以上に惹かれる部位があるか否かである。


 いわゆる、フェティシズムというやつだな。


 おしりや太もも、二の腕やうなじなど様々あるし、上げればキリがないが想像もできないようなもっと細かで珍しいところを好きな人だっている。


 いわゆる、変態というやつだな。


「志摩くん?」


 答えを迫られる。

 そもそもこれどう答えるのが正解な質問なの?

 もう俺の趣味嗜好はどうでもよくて、ただ正解と思わしき解答をするのがいいのではないだろうか。


「ちなみに日向坂さんは?」


 時間を稼ごうと、俺はわけのわからない質問をしてしまう。


「え、わたし? そうだなあ」


 一応考えてはくれるようだ。


 その間にこちらも考えを纏めきらないと。


 では、思考を戻すがこの場合における最適解とはなんなのだろうか。

 ぶっちゃけなにを答えても「えっ、きも」というリアクションが返ってくる未来しか予想できないのだが、その中でもまだマシなものはなにか。


 例えばフェティシズムと言わざるを得ないマニアックな部位を上げた場合、ベタな部位に比べて引きレベルは高いような気がする。

 うわぁ、こいつ重度の変態じゃねえか、と思われるような気がする。


 だから、逆に「おっぱい!」とか「おしり!」とか「太もも!」といった、シンプルイズベストな解答の方が「あーはいはい、男ってどうせそうだよね」くらいの反応が返ってくるのではないだろうか。


 どっちもダメージはあるんだよなあ。


「ていうか、わたしは女の子の体の一部に性的興奮を覚えるわけじゃないから、この質問に答えるの難しいよね?」


「性的興奮を覚える部位は聞かれてないよ。お題はあくまでも、女の子の好きな部分はどこかっていうことだし」


「意味は一緒なのでは?」


「いやいや、違うでしょ。似て非なるものでしょ。男女を入れ替えて考えてみてよ、男のバキバキに割れたシックスパックを好きといっても、そこに性的興奮を覚えるわけじゃないでしょ?」


「んー」


「え、ムラムラするの?」


「この話題はやめにしよ?」


 止めることにした。

 お互いになにかを得る可能性があったものの、その代わりになにか大切なものを失う可能性も大いにあったから、この話題はこれ以上深掘りしないことにした。


「となると、このお題の答えはどうしようか?」


「これはあくまでも一般論であり、俺の趣味嗜好とは一切関係のない話だけれど、胸を嫌いな男子はいないと思うよ」


「その言い方だと志摩くんもそうだということになるけれど」


「まあ、嫌いではないよ。ラブではないにしても、ライクであることは認める」


「男の子だもんね。お胸は好きだよね」


「……理解されてるような物言いもなんだかなって感じだけど」


 そういうことにしておこう。

 お酒を飲んでいるわけではないけれど、クリスマスパーティーという非現実的な空気に充てられて気持ちが高揚していたが故の口の滑りということにしておこう。


『それじゃあみんなパネルをあげてくれー』


 ギャル子さんの案内に従い、みんなが一斉にパネルを上げる。

 その結果、多数派は胸だった。

 やっぱりそうだよな。


 男子は全員、どこか安心したような、やっぱりそうだよなと仲間の存在に安堵したような顔をしていた。

 多分俺も似たような顔だったろうな。


 その後ほどなくして、この多数派ゲームに決着がついた。最終的にポイントを最も獲得したのは知らない男女のペアだった。


 仲良しというよりはどこかよそよそしい感じから察するに、今回のイベントが初絡みだったんだろうな。

 けど、そのよそよそしさの中に確かな絆が芽生えたように見える。

 

 聖夜の夜に新たな恋が目覚めてしまったかもしれないな。


「後藤くんと栗原さん、なんかいい感じだね」


「俺も同じこと思ったよ。今夜の帰りにでも告白するんじゃないか」


「さすがにそれはちょっと早くない?」


「いやいや、なんといっても今日はクリスマスだから。全然そんな日ではないけど、いつからか恋する少年少女が勇気を持って一歩踏み出すのに背中を押してくれる日だよ」


「そう、なのかな」


「サンタクロースがプレゼントを届けてくれるように、きっと神様が聖なる日に捧げた祈りを叶えてくれるんじゃない?」


「……志摩くんってそういうこと言うんだ」


「おかしい?」


「ううん、全然。素敵だなって思う

よ」


 そうは言ってくれたものの、思い返してみると少し喋りすぎたような気がする。

 言い終えてから羞恥心めいたものが体内を駆け巡り顔が熱くなる。


 どうやらまだ、俺はこの空気感に酔っているらしい。


「志摩くんは神様になにか願うなら、なにをお願いする?」


「そうだな。多くは望まないけど、これまで通りの平穏と少しばかりの変化、かな」


 その言葉に嘘はない。

 常に願っているのは平穏だ。

 大きな事件に巻き込まれたりすることなく、めちゃくちゃ楽しい毎日とまでは言わないまでもそれなりの日々を過ごせますようにとこれまでずっと思っていた。


 けど。


 そこに少しばかりの変化を求めるようになったのは、俺が日向坂さんと出会ったことで変わってしまったからだろう。


 もちろん、俺はそれを良い意味だと捉えている。


 欲を持ってしまった、と言い換えるとどこか罪深いように思えるけれど。


「日向坂さんは? なにかある?」


「わたしも」


 言いながら、日向坂さんは俺の目をまっすぐ見つめてきた。揺れる瞳には俺の顔が映っている。


「なにか変わればいいなって思うよ。少しっていうよりはガラリと?」


「ガラリと、か」


「うん。これまでしたことなかったような経験ができるといいかな」


 それ以上は聞かないことにした。

 なんだか空気がこそばゆく感じたのだ。

 それは日向坂さんも感じたのか、彼女もそこで口を閉じた。


 聖夜の夜の魔法か。

 あるいはパーティーの空気感か。


 今日はどうにも話しすぎてしまう。


 言うつもりのなかった気持ちさえ言葉にされてしまうのならば、言おうとしている気持ちはどうなるのだろうか。


 きっと。


 やはり。


 それは言葉となって誰かに届くのだろう。

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