第37話 聖なる日の祈り④


 肉まんを食べ終え、ようやくカラオケボックスに入室した頃には時刻は既に午後六時半を回っていた。


 どうやらとりあえずカラオケで盛り上がる時間らしい。

 俺はあまりピンと来ないけど、俺たちの他にもまだ来ていないクラスメイトがいるんだとか。


 そいつらが集まってからいろいろと始めたいらしく、つまり現在は時間つぶしのようなものなのだろう。


 さすがに一クラス規模の予約なのでルームはパーティー用のだだっ広いところを用意されていた。

 ここまで広い部屋があるのはやはり都会のカラオケだからなのだろうか。


 大きなスクリーンが三つにステージが一つ。そこではカラフルな光を放つミラーボールに照らされたクラスのお調子者二人がデュエットをしている。


 なんの歌かは分からないけど、どこかで聞いたことがある気がするので、店内とかで流れていた有名な曲なのだろう。


 別に上手いわけでもないけれど、楽しく歌っている二人は十分に場を盛り上げているし、その中にいるのは不思議と嫌ではなかった。


「遅かったじゃん、陽菜乃」


 と、やってきた財津にさっそく日向坂さんが拉致られ、秋名は秋名で別の友達に連れて行かれたので、予想よりもずっと早いぼっち状態。


 極力邪魔にならないように隅っこの方でちょこんと座り、なにをしていいのかもわからないのでとりあえずパチパチと歌に合わせてエイトビートを刻むことにした。


「ごめんね、一人にしちゃって」


 しばらくすると、日向坂さんが戻ってきた。

 申し訳無さそうに言ってくるけど、別に日向坂さんが悪いことなんて一つもない。


「いや、財津はもういいの?」


「うん。大丈夫、だと思う」


 財津の方を見ると、友達であろう男子とウェイウェイはしゃいでいる。もしかしたらその間に戻ってきたのかも。


 日向坂さんは俺の隣に腰掛ける。


「なんか悪いね」


「どういうこと?」


 歌声が響くので、相手の声が聞き取りづらい。だからか、日向坂さんとの距離が非常に近く、平然を装うのがやっとだ。


 女子ってなんでこんなナチュラルに距離詰めてくんの? これで勘違いして引かれるとかもうわけ分からんのだが。


「いや、俺に気を遣ってくれてるから」


 俺がいなければ、日向坂さんは別の人たちと楽しく話ができただろう。

 俺を誘った責任を感じてか、どうしても俺の方に意識が向いてしまっているのかも。


 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に、日向坂さんはふるふると首を振った。


「ちがうよ。わたしがこうしたいからしてるの。わたしね、志摩くんと……」


 なにかを言おうとした日向坂さんは躊躇いを見せ、そのまま口を噤んだ。


「なに?」


「んーん、なんでも。こういうのは口にするもんじゃないと思うから」


「……気になるな」


 けど、教えてくれるつもりはないそうだ。仕方ないのでこちらも諦める。


 ステージではさっきとは違う二人が騒ぎ始める。今度は男二人が「サイドチェストおおおおおお!」と筋肉にお願いする歌で盛り上がっている。なんだあの歌。


「志摩くんってカラオケとか行かなそうだよね」


「偏見だなあ」


 視線はステージに向いたまま、俺たちは誰にも届かないような声で会話をする。


「行くの?」


「行かないけど」


「合ってるんじゃない」


 くすくすと日向坂さんは笑う。


「そもそも曲を知らないからね」


「そうなんだ?」


「テレビをあまり観ないから。インプットする機会があまりないんだよ。店内BGMで流れてるのを耳にするくらい」


「なんか、ぽいね」


「褒められてる気はしない。日向坂さんは? カラオケよく来るの?」


「んー、友達とたまにって感じかな」


「どういうの歌うの?」


「ふつーにそのとき流行ってる曲だよ。ドラマの主題歌とかCMソングとか、あとたまにアニメの歌とかもね」


 幅広い選択肢があると、カラオケもきっと楽しいんだろうな。行く人によって歌う曲が変わるとか、なんかちょっと羨ましい。


「志摩くんって歌える曲あるの?」


「どうだろ。ちょっと前の有名な曲とかならなんとかなるんじゃないかな。もちろん、歌わないに越したことはないけど」


「今日とか歌わされるかもよ」


「それは非常に困るな。初披露がこの数の前とか死ねる」


 自分が音痴かどうかも分からないのだ。もしも下手くそだった場合、恥をかくことになる。

 あだ名がオンチくんとかになったら不登校も有り得る。


「もしそうなったら、わたしが一緒に歌ってあげるよ。それなら恥ずかしくないでしょ?」


「いや、恥ずかしさは拭い切れないだろ。日向坂さんが上手ければ上手いほど、俺の音痴具合が目立つわけだし」


「わたし、別に上手くないけどね」


「音痴なの?」


「そこまででもないと思うけど。多分普通くらいかな」


 そういう人はだいたい上手いんだよなあ。


「ちょっとトイレに行ってくるよ」


「あ、うん。場所わかる?」


「小学生じゃあるまいし」


 ハッと笑って部屋を出る。

 まあ、分からんわけだけど適当に歩いていれば辿り着くだろう。


 と、思って歩いてみたが辿り着かないので大人しく館内マップ的なものを確認する。


 そして、ようやく辿り着き、俺は我慢していた水分を解放した。

 はひゅう、と安堵の息を漏らしているとトイレのドアが開いた。


 俺は隣に人がいると小便が出ないタイプなので、人が入ってくる前に放出できていて助かった。


 なんてことを考えていると、俺は隣に来たやつの顔を見て思わず息を呑んだ。


「……よお」


 なんでこいつはこう、毎度ながら俺の前に現れるんだよ。たまたまなのか意図的なのか知らんけど、これもう逆に俺のこと好きなんじゃね。


「……うす」


 適当に返すと、イケメンクソ野郎の財津翔真はいつものようにつまらなさそうに舌打ちをした。


 やっぱちゃんと俺のことは嫌いらしい。

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