第36話 聖なる日の祈り③


 結局、俺が集合場所に到着したのは四十分だった。


 駅からではなく、街の方から走ってきた俺を不思議に思っていた彼女らに事情を説明した。


 別に言い訳をするつもりではなかったけど、遅れた理由を説明しないのも失礼だと思ったのだ。


 カラオケはここから少し歩いたところにあるらしく、俺たちはゆっくりと歩き始める。


「ま、別に遅れても問題はないからいいけどね。後から入ればいいだけだし」


 俺をフォローしようとしてくれているのか、秋名がそんなことを言う。


「それにしても、志摩がそんな人助けをするような人だとは思ってなかったよ。なんていうか、もっとドライな人間だと思ってた」


「俺はドライだぞ」


 ゆっくり歩いてくれているおかげでようやく呼吸が整ってきた。秋名の軽口にも返せるくらいには調子も取り戻している。


「そんなことないよ。志摩くんはね、迷子になってたわたしの妹も助けてくれたんだよ」


「そーなの?」


「うん。ほんとに助かっちゃった」


 当時のことを懐かしんでいるのか、日向坂さんは優しく微笑む。


「ふーん。やるねえ」


「別に」


 褒められたいわけじゃなくて、感謝されたいわけでもなくて、もちろんお礼が欲しいわけでもない。


 俺はただ、祖母に憧れて抱いた自分のポリシーに従っているだけ。


 だから、こう褒められたりするとこそばゆい。どうリアクションをしていいのか分からず、無愛想に呟いてしまった。


「照れるなよう」


「照れてない」



 *



 ゆっくり歩いていると、カラオケ前に到着したのは集合時間の六時を少し過ぎた頃だった。


「悪いな、俺を待ってたせいで」


「んー、別に。ねえ?」


「うん。全然だよ」


「でも、寒かったろうし」


 厚着していても、冬の寒空の下は冷える。ずっとそこにいれば体温だって持っていかれるだろう。


「そんなに言うなら肉まんでも奢ってよ」


「肉まん?」


「そこにコンビニあるし」


 カラオケの前にあるコンビニを指差しながら秋名が言う。


「それくらいなら全然。でもいいのか?」


 ちらとカラオケの方を見上げる。それで俺の言わんとしてることを察したらしい秋名はおかしそうに笑う。


「もう遅刻だし、なら五分も十分も大差ないよ。それにちょっとお腹も空いてたし」


 ぎゅるるる、とタイミングよく空腹が声を上げる。


「みたいだな」


「いやいや、今のは私じゃないよ」


「え」


 じゃあ、と俺と秋名は日向坂さんの方を向く。


「二人してこっちを向かないでもらえます!?」


 顔を真っ赤にした日向坂さんが開き直ったような顔でそんなことを言ってきた。


 前々からうっすらと感じていたけど、食い意地張ってるよなあ、日向坂さんって。


 さすがに口にはせずに、俺たちは向かいのコンビニに行くことにした。


 そのとき。

 パンポンパンポンと着信音らしき音が鳴る。俺はバイブレーションに設定してるので二人のうちのどちらかだろう。


 と、思っていると日向坂さんがスマホを取り出す。どうやら彼女らしい。


「あ、財津くんだ」


「遅れてるけどなにかあったの? ってやつだね」


「一応野中さんにラインは入れたんだけどね」


 野中さんって誰だよ。

 多分、このクラス会を仕切ってたギャル子さんのことだろうな。あの人、野中さんっていうのか。野中感ないな。


 俺がそんなことを思っているうちに、日向坂さんは財津からの電話に出る。


「もしもし?」


 邪魔するのも悪いので前にいる秋名のところへ行く。


「あー、うん、そう。梓と志摩くん。うん、うん」


「財津ってさ」


 隣にいる秋名に小声で声をかける。


「なに?」


「日向坂さんのことどう思ってるの?」


「それはどういう意味で?」


「そういう意味で」


 俺が言うと、秋名はふふんと楽しそうに笑う。


「そこに目をつけるとは、志摩も中々やるね」


 他の人らに比べると、財津が感情を剥き出しで当たってくるからな。

 バカでもさすがに気づくよ。


「そう言うってことは、そういうことなんだな」


「まあ、明確な理由はないけどね。なんとなくそんな気がするってだけだけど。今だって陽菜乃に電話してきてるしね」


 俺、秋名、日向坂さんならそうなるのも無理はないっぽいけど。秋名と財津の距離感がよく分からんが。


「おまたせ」


 秋名とひそひそと話しているうちに財津との電話が一段落ついたらしく、日向坂さんが追いついてきた。


「よっし、それじゃあ肉まん食うぞー」


 その後、コンビニに向かい二人に肉まんを奢る。俺も買おうか悩んだけど、今はあんまりお腹が空いてないのでやめておいた。


「空腹は最高の調味料というのは否定しないけど、間違いなく二番目は人に奢ってもらうという調味料だよね」


「奢る気失せるなあ」


 思ってても言うんじゃねえよ。

 いや、それを堂々と言うのは逆に清々しいか。言葉通り美味しそうに食べてるし、どうしてか悪い気はしない。


「あ、今度は私が電話」


「財津から?」


「いや、普通に後輩の子」


 言いながら少し離れたところに歩いていく。まだ口の中のもの飲み込めてないからむぐむぐ言っていたけど、相手の子驚くだろ。


「志摩くんは食べなくてよかったの?」


「んー、まあ、今はあんまりお腹空いてなかったし」


「なにか食べたの?」


「昼飯が遅かったんだよ。なんか、一個ってなると多いかなーみたいな」


「じゃあ半分こする?」


「いやいいよ。お腹空いてるんでしょ?」


 一番空腹を主張していたのは日向坂さんだ。まあ、本人の意思は関係ないだろうけど。


「羨望の眼差しを向けてくる志摩くんを隣に、一人ばくばくと肉まんを頬張るのが申し訳ないんだよ」


「気にしないでいいよ」


「一方的に奢ってもらうのもなんか、あれかなって」


「待たせたお詫びだし」


「じゃあせめて一口だけでも食べてよ」


「食べなきゃいけないのか」


「うん」


 まだ口をつけていない肉まんをこちらに差し出してくる。

 彼女の瞳には揺るがない信念が宿っている。絶対に折れないぞという意志がちらつく。


「……」


 間接キスとか、そういうの気にしないのかね。

 俺がそうなだけで、世の中の高校生ってそういうもんなのか。


 ぱくり、と。


 俺は差し出された肉まんにかぶりつく。一口食べたせいで余計に食べたくなってしまう美味しさだ。


 俺が食べたことなんて気にもしない様子で、日向坂さんは肉まんを口にした。

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