第27話 お買い物は誰とする③
「へ?」
日向坂さんの口からこぼれた予想外の言葉に、俺は間抜けな声を漏らしてしまう。
「志摩くん、プレゼントで悩んでるように見えたし、一人だと難しいのかなって思って。誘おうとしたら財津くんが話しかけてきたの」
「ああ、なるほど」
なるほどか?
まだ確定してもいない俺との約束のために財津の誘いを断ったというのか?
もし俺が断っていたらどうするつもりだったんだろう。断れない自信があったのか。どうせ俺は暇だろうという確信があったのか。
暇だけどもッ。
日向坂陽菜乃。
なんて優しい子なんだ。
俺のためにそこまでしてくれるとは。これに関しては財津に悪いことをしたかなと思う反面、いやちょっとざまあみろと思ってしまう。
ふむ、よくないな。
最近、財津の性格の悪さが感染ってしまっているのかも。
「いいの?」
「もちろん。だから誘ってるんだよ」
にこり、ときらきらした笑みを浮かべてくれる。その笑顔からは彼女の言葉に裏があるとは思わせられない。
いや、そもそも。
こんないい人の言葉に裏なんかないだろ。
「それじゃあ頼もうかな。正直、もう半分諦めてたし」
「そ、そうなんだ……」
あはは、と俺が愛想笑い混じりに言うと日向坂さんも似たような笑みをこぼす。
「わたしは志摩くんに来てほしいよ。だから、ちゃんとプレゼント用意して一緒に楽しみたいな」
「日向坂さんは人気者だから、俺に構ってる暇なんてないんじゃないかな。いろんな席をぐるぐる回されてるよきっと」
「もう。そんなことないよ」
言いながら日向坂さんは笑う。
別に冗談ではないんだけど。
ぐるぐる回るは言い過ぎにしても、財津とかが近くにいて離れないかも。
そうでなくても、日向坂さんのことを良く思っている男子は多いだろうし。
クリスマスという特別な日に、勇気を持って一歩踏み出そうとする男子がいてもおかしくはない。
勇気を持って、ね。
「それじゃあ明日は放課後でいいかな?」
「俺は問題ないよ。終業式だし、荷物多かったりしない?」
「うん。ちゃんと考えて持って帰ってたから。むしろ少ないくらいだと思うよ」
終業式というのは荷物が多くなることで知られる日だ。
夏休み前の終業式を終えた小学生なんか、それどうやって持ってんのと疑問を抱くくらいに荷物が多い。
アサガオやらなんならの植木鉢とか持って帰ってるもんな。
毎年後悔するけれど、毎年同じ過ちを繰り返しながら六年を過ごすんだ。小学生ってなんであんなに学習しないんだろ。
俺もそうだったけど。
「志摩くんは?」
「俺も大丈夫。似たような感じだし」
「そっか。なら安心だね」
そんな話をしていると駅の前に到着してしまう。
歩いてここまで来たのに、自転車に乗っているときよりも時間が過ぎるのがあっという間に思える。
それくらいに、俺は日向坂さんとの時間を有意義に感じているのか。
「それじゃあ、また明日ね。ばいばい、志摩くん」
「うん。また明日」
手を振ってくる日向坂さんに、俺は軽く手を上げて応える。
ここで手を振り返せる男子はいるのだろうか。普通に恥ずかしいんだけど。
逆に女子はどうして臆面もなく手を振れるんだ。何歳になっても躊躇いなく振っているよな。
近所のおばさんとか、知り合い見かけたら手を振りながら接近してるもんな。
これが男女の差か。
そんなことを考えながら、俺は自転車に跨りペダルを踏む。
そのまま家に帰るのではなく、俺は日向坂さんと行ったケーキ屋さんに向かっていた。
店の前に到着し、自転車を置いて中に入ると、イートインスペースのテーブルを拭いていた広海さんがこちらを見る。
「おや、珍しいお客様だ。今日は一人かい?」
「はい。ちょっと、ケーキでも買おうと思って」
「そうかい。常連さんが増えて、私は嬉しい限りだよ」
言いながら、広海さんはこちらにやってくる。ショーケースを挟んで、ケーキを見る俺を楽しげに眺めてくる。
「それで?」
「あ、えっと、もうちょっと待ってくれると」
「そうじゃなくて」
ケーキの催促をされたと思ったけど、どうやらそういうわけじゃなさそうだった。
じゃあなんだ?
「なにか他に目的があるんじゃないのかな?」
「……いやいや。ケーキ屋にケーキを買いに来る以外の目的はないでしょ」
「いやいや。表情っていうのはね、感情を映し出す鏡のようなものさ。君の顔には別の目的が書いてあるぞ?」
「……」
大人って怖いなあ。
それとも、パティシエが怖いのかな。
いや、もうこの人が怖いんだ。
「一応言っておきますけど、ケーキも目的の一つですよ?」
「もちろん。それで?」
「えっと――」
*
「それじゃあ気をつけて帰りなよ」
ケーキを買った俺は店を出る。
広海さんは店の前まで出てきて見送ってくれていた。
「はい。今日はありがとうございました」
「またいつでも来てくれていいからね。ケーキ目的でも、もちろんそれ以外でも。暇だからさ、喋りに来てくれるだけでもいいし」
「ここのケーキ美味しいんで、また来ます」
これは本心だ。
日向坂さんに連れてきてもらってから、何度か訪れているけど本当に美味しい。
「ところで、志摩くん? だっけ」
「はい」
自転車に跨がろうとしたところで名前を呼ばれたので俺は一度足を地面に下ろす。
「君はあれかな、実際のところ、陽菜乃ちゃんのコレだったりするのかな?」
言いながら、広海さんは小指を立てる。
「……いえ。ただのクラスメイトですよ」
「そうか。まあ、そう言うならそうなんだろうな。つまらないな、高校生の甘酸っぱい青春物語が聞けると思ったのに」
「ご期待に添えないで申し訳ないです」
「気が変わったら話に来てくれよ。イチゴが乗ってないショートケーキを用意して待っとくよ」
「……はあ。それじゃ」
それって、イチゴの代わりに君の甘酸っぱい青春物語味わうぜみたいな意味?
よく分かんなくて反応できなかったよ。パティシエジョークってやつなのかな。
すっかり冷たくなった空気を肌に感じながら、俺はペダルを踏み込んだ。
「……さむ」
もうすっかり冬だな。
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