第26話 お買い物は誰とする②


 教室を出た俺はトイレを済まして廊下をとぼとぼと歩く。

 校内はテストから解放された喜びからかいつもより賑わっているように見える。


 部活動に向かう生徒がいる中、いつもならば既に帰宅し始めている生徒も教室に残っているような。


 明日は終業式。

 もうすぐ冬休みかと思うと、帰るのが惜しくなるのか。


 俺もそう思うくらい学校好きになれたらいいんだけど。


 そんなことを思いながら、昇降口に向かい靴を履き替える。

 帰る生徒がいないからか、ここには他に生徒がいない。まるで自分だけが取り残されたような孤独感に襲われる。


 俺はこの一年間、なにをしてきただろう。


 と、二学期の終わりの空気にあてられそんなことを考えてしまった。


 そんなとき。


「し、志摩くんッ!」


 名前を呼ばれ振り返る。


 そこには、ぜえぜえと息を切らした日向坂さんが肩で息をしながらこちらに向かってきていた。


「どうしたの?」


 本当にどうしたんだ。

 さっきまで教室で秋名たちと話していたはずだけど。


「えっと、一緒に帰ろうかなって」


「秋名は?」


「部活があるって行っちゃった」


 そうなのか。


「そうなの。それで」


 もじもじとした表情でこちらの様子を伺ってくる。


「ああ、じゃあ一緒に帰ろうか。日向坂さんと下校できるなんてラッキーだよ」


「それが本音なら嬉しいな」


 言いながら、日向坂さんは靴を履き替える。俺はそれを待っていた。


「本音だけど」


「……そっか」


 本音、だよな。

 けれど、日向坂さんの表情はどこか曇ってしまう。俺の言葉にはなにかが足りなかったのか。

 きっと上手く伝わなかったんだ。


 そうして、二人して歩き始める。

 

 ふと、思い出したことを訊いてみることにした。


「秋名ってなんの部活してるの?」


「急にどうしたの?」


「何部か想像できないなって」


「そう?」


「うん」


 なんていうか、見た目は文化系なんだけど、コミュ力の高さからか陽キャ感をまとっているせいで運動系と言われても不思議ではなくて。


 テニス部とかなら違和感ないし、吹奏楽部と言われてもやっぱりしっくりくる。


「漫研だよ」


「……ど直球だったか」


「ああ見えてって言うとちょっと違うけど、結構漫画とか好きなんだよ、梓って」


「まあ、言われてみたら好きそうな雰囲気はあるような」


 けど、これは偏見だけどオタクはあんまりコミュニケーションを取るのが得意じゃないイメージがあって。


 秋名はそういうイメージとはかけ離れてるから、やっぱりオタクという雰囲気はないな。


 むしろ、俺のほうがオタクっぽいまである。友達いないしコミュニケーション能力低いし。


「たまに漫画とか貸してくれるんだよ。頼んではいないんだけど」


「どういうこと?」


「学校に漫画持ってきて、これ面白かったから読んで! って言われるんだ」


「へ、へえ……」


 ありがた迷惑なやつだな。

 好きな漫画ならもちろん有り難いし、結果的に面白かったならいいんだけど、そうでないときが困る。


 そういう趣味の好みってほんとに人それぞれだし、好きじゃないものはとことん好きじゃない。

 まあ、食わず嫌いのようなものもあるけれど。


「でもね、貸してくれるのはだいたいが面白い漫画なんだ。あそこまで面白い漫画を発掘できるのはすごいと思う」


「それは才能かもね。発掘もそうだけど、秋名には布教の才能もありそうだ。俺なら人に勧めるなんて無理だし」


「どうして?」


「面白くなかったらどうしようって普通考えるでしょ」


「そうかな?」


「そうだよ」


 駅までの帰宅路。

 周りに人がいないせいか、日向坂さんのくすりと笑う声が大きく聞こえてしまう。


「志摩くんは優しいね」


「自信がないだけだよ」


「わたしは志摩くんのおすすめ、聞いてみたいけど」


「……気が向いたらね」


「そっか。うん、じゃあ、気が向いたら教えてね」


 少し残念そうな日向坂さん。

 こういうときにそういうことを言うのは、いわゆる社交辞令のようなものだと決まっている。


 そう思っていた。


 例えば、二人で遊びに行くには距離感が微妙な相手にも「またどっか遊びに行こうぜ」という言葉は使う。

 けど、それを真に受けて実際に誘うと引かれてしまうわけで。


 だから、普通に会話を流したのだけれど。


 教えた方がよかったのかな。


 でも、やっぱり面白くなかったらとは考えてしまう。


 難しいな、と俺は自らの前髪をいじった。


「そうそう、そうじゃなくて」


 まもなく駅に到着しようというタイミングで、日向坂さんが思い出したように言った。


「なに?」


「志摩くん、さっきプレゼント交換のプレゼントで悩んでなかった?」


「ああ、まあ。一度考えて、思いつかないなら諦めようかと」


「諦めるっていうのは?」


「不参加的な」


「それはよくないなあ」


 腕を組んでむうっと唸る日向坂さんは、ちらとこちらを覗き見る。俺と目が合ったことに気づいて、すぐに逸らされたけど。


「わたしも買いに行くし、よかったら志摩くんも一緒にどうかなって」


「今から?」


「うんと、今日はちょっとこのあと用事があって。だから明日になるんだけど」


「あれ、でも」


 明日ってなんか予定あるみたいなこと言ってなかったっけ。

 財津に誘われたときに、友達……かは分からないけど誰かしらと出掛ける的な。


「どうしたの?」


「さっき、なんか予定あるみたいなこと言ってなかった?」


「あ、あれは、えっと」


 気まずそうに視線を泳がせながら、ああでもないこうでもないと思考を巡らせている。


 そして、白状するように息を吐いてこちらを見た。


「あれはね、志摩くんを誘おうかなって思ってたから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る