第22話 勉強会は修羅の時間③
「……」
翌日、放課後。
俺は図書室にいた。
「陽菜乃、ここなんだけどさ」
「えっと、そこは……」
「志摩、あんたこれ分かる?」
どうしてこんなことに。
ことの発端は昼休みのあの会話だよなあ。
*
昼休み、弁当をさっと食べ終えた俺はいつものように小説を手にして読み進めていた。
「いやだなあ、テスト」
「そうだね。けど、それが終われば冬休みだし頑張るしかないでしょ」
「陽菜乃はいいよね、成績優秀だし。テスト前にお勉強なんてしなくてもヨユーなんでしょ?」
「いやいや、ちゃんと勉強はしてるよ。余裕でもないし」
「うっそだー、私、陽菜乃がひいひい言いながら勉強してるとこ見たことないよ」
「……ひいひいは言ってないからね」
聞き耳を立てなくても前の席にいる日向坂さんと秋名の会話が聞こえてくる。
日向坂さんは誰とでも仲良くしているけれど、秋名とは特別仲が良いように思う。
それは席替えをしてから、彼女らが頻繁に会話をしているところを目にするようになって気づいたことだ。
昼休みも基本的には秋名とお昼を食べている。
二人のときはこうしてどちらかの机で、他の誰かも一緒のときはそこでと場所はコロコロ変わっているが。
考え方的には日向坂さんと秋名のメイン二人にゲストが招かれるような。
だから、二人がこうして前の席で昼飯を食べているときは自然とその会話も聞こえてくるわけで、それを右耳から左耳に通過させながら本を読む。
さらに時折。
「志摩って勉強できんの?」
秋名が絡んでくる。
「別に。普通だと思うけど」
「頭良さそうに見えて実は悪いパターンある?」
「秋名が頭悪そうに見えて実はいいパターンじゃないなら、秋名よりは上だと思うよ」
「なんだお前ケンカするか表出ろ!」
文化祭が終了したあとの催しの集計以来、秋名は時々こうして俺に絡んでくる。
感情がそのままリアクションに現れる、表裏がないタイプの人間なので話していて気を遣わないし楽しいとも思う。
友達、というには距離があるだろうけど少なくとも他のクラスメイトよりは話す機会が増えた。
「けど、志摩くんが頭いいのはほんとだよ」
俺をフォローしてくれたのはもちろん日向坂さんだ。
「そうなん?」
「うん。ちょっと勉強を教えてもらったことあるんだけど、教え方も上手いしスラスラ問題解いてたし」
「はえー」
と、秋名は本当に感心したような声を漏らす。
「陽菜乃はいつ勉強を教わったの?」
「へ? あ、やー、あれ、授業のあと、とか?」
秋名の思いついたような質問に、日向坂さんはしどろもどろになりながら答える。
俺としてはありがたいことだけど、昨日のことは秘密にする方針らしい。
「ほーん。なるへそ。ちなみに志摩の得意科目は?」
「数学かな。暗記系以外はわりかしできる方だと思うよ」
「まじ? 私、今回数学まじでピンチなのよ! そうと決まれば教えてくれん?」
「……別にいいけど」
昨日の日向坂さんとの勉強会で人と勉強をすることについての合理性は確認できた。
苦手分野を教わることができるし、得意科目も相手に教えることで復習にもなる。
監視役というほどでもないけど、目の前で勉強してるから自分も頑張るというのも意外と理解できた。
「よっしゃー! じゃあ、放課後さっそくよろしくね」
「えっ」
ガタリ、と動揺を隠し切れなかったのか、日向坂さんが机を揺らす。
「ん? どしたの、陽菜乃?」
「いや、なんでも」
言いながら、日向坂さんがロボットのようにギギギとこちらを向く。
口角を無理やり上げたような表情からは彼女の心境を察しきれない。
が、まあ、なんとなく予想できる。
つまりは俺と昨日勉強会をしたことは秘密にしつつ、かつ自分も勉強会に参加できればいいのだろう。
「ていうか、志摩は放課後予定ないよね?」
「……ゔゔん、ゔゔん」
「どしたの、陽菜乃」
「なんでもない」
「へんなの」
それで? と秋名がこちらを向き直る。
大丈夫だよ、任せておいてくれ。
「まあ、予定はないよ。勉強を教える分には問題ない」
けど、と俺は間髪入れずに付け加える。すると秋名は俺の言葉の続きを待ってくれた。
「急にクラスメイトの女子と二人きりは気まずいし緊張するから他にもメンバーを加えてくれ」
「緊張とかするタイプじゃないでしょあんた。前に一度二人きりになってんじゃん」
「あれは業務だろ。今回はプライベートだから」
「まあいいけど。陽菜乃は今日の放課後ひま?」
「……うん、まあ」
「じゃ、勉強会への参加よろしくね。志摩が私と二人だと過ちを犯しちゃうかもしれないみたいだから」
ねえよ。
微塵も。
欠片も。
可能性は存在しねえよ。
「……わかった」
ちら、と日向坂さんが返事をしながらこちらを見てきたので、俺はどやぁと笑ってみせた。
の、だが。
なぜかむすっとしていた。
俺、なにか間違えた?
そんな感じで放課後の予定が少し変わってしまった。
そこまでは全然構わなかった。
まあ女子二人に対して男が俺一人というのは気まずいというか、いたたまれない気持ちになるような気もするけど許容範囲だ。
どうしてかむすっとしていた日向坂さんを除いては特に問題もなかったのだが、放課後に問題は起こった。
いや、まあ別に問題ではないのかもしれないけど。
ホームルームが終わったところで購買に寄るという秋名と日向坂さんと一度別れて、俺は先に図書室へと向かった。
普段は混み合うこともない図書室だけど、テスト前のこの時期はそれなりに人がいる。
先に来て正解だったな。
席を確保したおいた方がいいだろうし。
二人の到着を待つ間、先に勉強を始めておこうか悩んだけど、読みかけの小説をキリのいいところまで読み進めることにした。
待つこと十分。
「おまたせ」
やってきた日向坂さんに声をかけられ顔を上げる。
昼休みの不機嫌めいた部分はどこかへ飛んでいったのかいつも通りの声色だ。
が、見上げた顔の表情はどこかこわばっていた。
どうかしたのか?
と、思いながらその後ろに視線を向けるとその理由がなんとなく分かった。
「ここに来る途中でたまたま逢ってさ、話したら参加したいって言うから連れてきちゃったけど大丈夫だった?」
大丈夫かどうかの確認は誘う前にしてほしいものだ、と秋名に言ってやりたいところだがぐっとこらえて飲み込む。
「俺は構わないけど」
そちらは構いそうだなあ、と秋名の隣にいるイケメンクソ野郎に視線を向ける。
「悪いな」
財津翔真の登場だ。
こいつ、俺のこと好きじゃないんだよね多分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます