第23話 勉強会は修羅の時間④
俺の隣に秋名。
俺の前に日向坂さん。
日向坂さんの隣に財津。
という席順で勉強会はスタートした。
「志摩、ここ分かる?」
「質問する前にまず考えたらどうだ? 訊くだけだと覚えられないぞ」
「考えたよ! 考えたけど分からないの!」
さいですか。
「……そこは上の公式を応用して――」
と、基本的には秋名が苦手とする数学を俺が教えるという構図が続いている。
これに関しては復習になるから別に構わない。復習なんて何度してもいいですからね。
秋名の質問に答えたあとは自分の勉強に取り掛かる。昨日は暗記系の克服に成功したので、今日は英語の勉強をすることにした。
本当ならば別の暗記系教科の勉強を進めたかったのだけど……。
「陽菜乃、ここなんだけどさ」
「あー、そこはね」
と、財津が隣で日向坂さんを占拠している。それはもう話しかけてくんなというオーラさえ感じる。それはさすがに大袈裟な言い方だろうけど。
恋愛というのはよく分からないけど、財津は多分日向坂さんのことが好きなんだと思う。
だから俺のこと嫌ってるのではないかと最近思う。
財津が俺に対してああだこうだと言ってくるのは決まって日向坂さんが関与しているときだ。
俺ごときが日向坂さんに近づいたところでなにか起こるとは思えないけど、他の男子が近づいているというだけで嫌なんだろうな。
その男子が誰であれ。
彼氏でもないのに、素晴らしい独占欲発揮してんなあ。
まあ、イケメンだしな。
側だけを見れば文句なしの優良物件なんだろうけど、なにぶん中身がよろしくない。
それさえも上手く隠しているから女子からの人気が衰えることはないけど、あれ男子には普通に見せてるのかな。
にしては男子からも普通に好かれてるような。
え。
てことは俺だけ?
俺は普通に嫌われてるということか? なにかしたかな、全然関わったことないはずだけど。
ふむ、とついつい考え込んでしまい、いつの間にか文字を書く手が止まっていた。
「志摩くん、疲れた?」
すると、それに気づいた日向坂さんが心配そうに尋ねてきた。
「あ、いや全然。ちょっと考え事してて」
「そう? ならいいけど。ちょっと休憩でもする?」
「賛成!」
日向坂さんの提案にいち早く賛同したのは秋名だ。ほんと、感じた通りの性格してるよなあ。
「ちょっとトイレ行こっかな。陽菜乃も行こ?」
「あ、うん」
女子が友達を連れションに誘うのは、自分が立ち去ったあとに自分の陰口を叩かれることを防ぐためだとどこかで見たことがあるけど、実際どうなんだろうな。
秋名がトイレに行っている間に日向坂さんが彼女の悪口を言うとは思えないし、それは秋名も分かってるだろう。そもそもそんなの気にしてなさそう。
つまり普通に一緒にトイレに行きたかっただけか。行ってどうするんだよ。女子って個室だろ。個室同士で会話すんのか?
謎は深まるばかりだ。
ていうか、二人で出て行かれると俺と財津が二人きりになってしまうのでできればやめてほしいんだけど。
気まずいよ。
いつの間にか図書室にいた生徒たちは姿を消していた。もしかしたら勉強をしていたわけではなかったのかも。
つまり、俺と財津は正真正銘の二人きりになってしまったわけだ。
ひたすらに沈黙を続けてくれるならいいんだけど。
「それじゃ」
と、秋名が日向坂さんを連れて図書室を出ていったところで。
「おい」
と、財津がさっそく声をかけてくる。
嫌いならわざわざ絡んでこなけりゃいいのに、と思いながら俺は渋々顔を上げる。
「なに?」
「なんでお前ここにいんの?」
教室で見る財津翔真のイメージはどちらかというと優しいとか爽やかとか、とにかく人に好かれることをそのまま実行しているような感じだ。
けど、今の彼はその真逆。
みんなの人気者、という仮面を脱ぎ捨てるとこうなってしまうのかな。
「なんでって、秋名に誘われたから」
「梓と仲良かったか?」
梓って誰だよクラスメイトのファーストネームまで覚えてると思うなよ、とは口に出さずに秋名のことかと納得する。
「席替えをしてからちょっと話すようになったくらいだよ」
「仲良くねえってか?」
「そう言うと秋名にまたなにか言われそうだからノーコメントにしておく」
俺の態度か発言か、どちらかは分からないが気にくわなかったのか、財津は小さく舌打ちをする。
あー、女子早く帰ってこないかな。
「ぶっちゃけ邪魔なんだよな、お前」
「そう言われても」
俺には秋名に数学を教えるという役割がある。さらに言うなら日向坂さんに暗記系教科を教わりたいという目的も。
俺からすれば財津こそ邪魔者であるわけだが、世間はそういうふうには思ってくれない。
美男美女の特別な空間にいる異物、というのは間違いなく俺だ。ここに居座っているだけでブーイングが飛んできてもおかしくない。
「……そんなに日向坂さんと俺が話すのが気に入らないか?」
どう思われてもいいので、ぶっちゃけて訊いてみる。
一瞬だけぴくりと動揺を見せた財津だったけど、すぐに元通りのクソ野郎イケメンに戻る。
「お前と陽菜乃がじゃねえよ。お前みたいな陰キャが調子乗ってるのが気に入らねえんだよ」
敵意剥き出しの視線から目を逸らす。
つまり、日向坂陽菜乃のような可愛くて人気のある女子の隣にはイケメンでみんなから好かれている自分が立つべきだ。
そう言っているわけだ。
「好きなら好きって言えばいいのに。あからさまだし、さすがに分かるぞ」
まあ、他の人の前ではここまで見せてはいないだろうから、隠せてはいるんだろうけど。
「……うっざいなァ」
低い声が漏れ出た。
「好きとかそんなんどうでもいいわ。ただ俺くらいの男と釣り合うのは陽菜乃くらいなんだよ。他の女はレベルが低い。だから、付き合ってやってもいいかなって」
「性格直したほうがいいんじゃないか?」
「ハッ。こんな姿他のやつに見せるわけないだろ。バッカじゃねえの」
「……なんで俺だけに」
「お前ごときに何を思われても何も思わないから。他の生徒になにか言っても信じてもらえなさそうなレベルの影の薄さだ」
「やっぱ嫌われてるなあ。なんかしたっけ?」
無駄だと思いながらも一応訊いておく。
もしかしたら有意義な返事があるかもしれない。そしてそして、それが改善の余地のある理由であるなら尚良しなわけだ。
俺だって誰かと対立したいわけじゃない。
ましてや相手はクラスの人気者だ。そいつを悪く言おうものなら秒で俺は悪者になる。
だから、別に好きではないけどお互いに妥協し合った関係になれればなとも思う……ように思い込んでいる。
いずれにしても争い事だけはよくない。
「お前はゴキブリが嫌いな理由をイチイチ考えるか? 気持ち悪いとか目障りとか、その程度の理由だろ」
斜め上の解答にさすがの俺も言葉を失ってしまう。
前言撤回だ。
人をゴキブリ呼ばわりするこんなクソ野郎と仲良くなんてしてやれるか。
「良かったよ」
「なにが?」
ハッと笑いながら言うと、財津は不機嫌そうに眉をしかめる。
その反応を見て、十分に相手を苛立たせてから端的に言葉を吐き捨てた。
「俺がお前に抱いてたのも概ね同じだったから。罪悪感なくなったなって」
ちょっと言い過ぎたかな、と思い財津の様子を見る。
財津がギリッと歯を食いしばり本性を顕にしたところで、図書室の扉が開き、日向坂さんと秋名が戻ってきた。
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