第20話 勉強会は修羅の時間①
クリスマスだなんだと言う前に学生には期末テストという一年を楽しく締めくくるための試練めいたイベントが待っている。
期末テストの点数がよければクリスマスはもちろん冬休みのお小遣いが貰えたりするし、ご機嫌を取ることでお年玉の金額アップも微量ながら期待できる。
逆に期末テストの点数が低かったりした暁には肩身の狭い冬休みが待っていることだろう。
通知表の内容が悪ければダブルパンチでいよいよ絶望的な冬休みとなることは容易に想像できる。
というわけで、期末テスト一週間前をホームルームにて宣言された教室内は非常にざわついていた。
テスト一週間前は部活も休みになるので、部活が忙しくてという言い訳も使えない。
にも関わらず、普段部活で遊べない奴らはそれをいいことにこれでもかと遊び回る。
勉強するからとファミレスだカラオケだ、果ては誰かの家に集まり、結局勉強なんかせずにダラダラと駄弁ったりする。
そしてテスト当日、勉強していないことを後悔しながら真っ白な答案用紙を見て絶望するのだ。
ていうか、絶望しろ。
「志摩くんって勉強できるの?」
「普通くらいだと思うけど」
ホームルームが終わり、帰り支度をしていると前の席の日向坂さんが振り返って訊いてきた。
「とかいいながら高得点取っちゃうタイプ?」
「いやいや、赤点取らないことに必死だよ。高得点なんか勘が当たりまくったときくらいしか取れないね。日向坂さんこそ、ザ・優等生って感じだけど?」
「いやぁ、全然そんなことはないよ」
日向坂さんはうへへ、とわざとらしく笑う。本当か嘘か絶妙に判断できないリアクションだった。
「そう言いながら高得点取っちゃうタイプか」
「得意な科目はそれなりかもしれないけど、苦手分野はとことん苦手だよ? 毎回テスト前は必死に勉強してるもん」
「スマートにこなしそうなのにね」
「もしそうだとしたらイメージだけ保ててるってことなのかな。わざわざ苦労してるって言いふらすのも違うし」
そうは言うけど、テスト当日の朝なんて「っべー、全然勉強してないわー」祭りが始めるわけだ。
影で努力をし、その努力を表に出さないでいるのだとしたら、それは本当に素晴らしいことだと思う。
「ちなみに苦手分野っていうのは?」
「数学。暗記系はなんとかなるんだけどね」
「数学か」
「志摩くんは数学得意なの?」
「んー、また他に比べるとね。ひたすら練習問題を解いてパターンを把握するっていう勉強方法が明確だし。逆に暗記系なんかは全然だよ。どうしても頭の中に入ってこない」
「あ、じゃあ一緒に勉強しない?」
「一緒に?」
「うん。い、いやなら無理にとは言わないんだけど」
もにょもにょと、自信なさげに声がしぼんでいく。
俺はどちらかと言うと人と勉強をするという行為に対して否定的な意見を持っている。
もちろん誰かとそういうことをしたことがないので、想像の域を超えることはないけど、そもそも意味あるのか的な。
まあ、否定的と言っても全面的に否定するつもりはなく、誰かの監視があればサボれないなんて意見には納得もしている。
いずれにしても、俺にとって『誰かと一緒に勉強をする』というのが可か不可か判断するためにも、経験しておくのも悪くないか。
「いや、一度経験しておくのも悪くないかな」
「よかった。今日とか、このあと時間ある?」
「ないと思う?」
「ないとは言い切れないでしょ」
「あるよ。有り余ってる」
「じゃあ図書室とかでやってく?」
「いや……」
俺はちらと教室内を見渡す。
別段こちらを気にしている様子はない……と思うのだけど、図書室だと誰かに見られる可能性がある。
今なら日向坂陽菜乃が席が近い男子と話しているだけ、という構図になるためなにも思わないだろうけど、それが放課後に二人で勉強しているとなれば話は別だ。
余計な注目は集めたくない。
「できれば校外がいいかな」
「どうして?」
「まあ、いろいろと。無理にとは言わないけど」
「ううん、全然だよ。わたしとしてもむしろそっちの方がいいかなー」
言いながら、日向坂さんはそわそわと視線を泳がしている。なにか企んでいるようには見えないけど、自分の本心をはぐらかしているようだ。
「じゃあそうしよう。先に駅前まで行ってるよ」
「え、どうして? 一緒に行こうよ」
「それだと校外に行く意味がなくなるから」
それだけ言って、俺は先に教室を出た。
変な噂が立つような行動はできるだけ避けるべきだ。俺にとっても、もちろん日向坂さんにとっても。
教室を出て昇降口で靴を履き替え、駐輪場に置いてある自転車に跨りペダルを踏む。
ゆっくりと歩く生徒を追い越して、駅前まで向かう。
よくよく考えるとここで待ち合わせしててもひと目につくな。もうちょっとひと目を避けたいところだけど。
考えた末、俺は駅を越したところにあるコンビニで待つことにした。
連絡先を交換しておいてよかった、とあまり使っていないメッセージアプリを開いて、日向坂さんにメッセージを送る。
すぐに既読がついて『りょうかい!』というスタンプが返ってきた。
日向坂さんは徒歩なのでもう少し時間がかかるだろう。適当に立ち読みでもして時間を潰すか。
と、思い雑誌コーナーに移動する。少年誌から青年誌、ファッション雑誌にアダルト雑誌と様々置かれている。
まあ、アダルト雑誌はさすがに立ち読み防止テープが貼られているが。貼られてなくても読みませんけどね。いやほんとにまじで。
青年誌を手にして連載漫画をパラパラと眺める。俺はどちらかというと単行本で読み進めるタイプなので、興味がある漫画ほど雑誌の内容はネタバレになる。
かといって興味ない作品は興味ないし。
と、いくつかの雑誌を交互に手にしていると奥の方にあった雑誌の表紙を見て止まる。
その青年誌の表紙は水着の女性のグラビアだったのだが、その女性が誰だったか絶妙に思い出せない。
たしかアイドルだった気がする。
興味はないけどテレビで流れていたから目にしたことがあるのだ。
この長い黒髪と完璧なまでのプロポーション。セクシーという言葉がよく似合うオーラ。
「……」
ああそうだ。
たしかCutieKissというアイドルグループの宮城彩花だ。俺はセクシー系よりは可愛い系のアイドルの方が好みなのだが、この人はスタイル抜群過ぎて記憶に残っている。
「ふぅん。志摩くんもそういうの好きなんだね?」
「んん?」
いつの間にか到着していた日向坂さんが、俺の手にある雑誌に目を向けながら、にやにやとからかうような笑みを浮かべていた。
「いや別にそういうわけじゃ」
「安心したよ。人並みに思春期で」
「やめて」
そのあともお店に入るまでからかわれ続けた。
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