第19話 冬の訪れ


 ついこの前まで文化祭だハロウィンだと言っていたような気がするけど、気づけば世間はクリスマスムード一色だ。


 デパートや商店街ではクリスマスソングがかかっているし、夜になるとイルミネーションが点灯している。

 肌寒いという空気がようやく寒いという感想に切り替わり、徐々に上着が厚くなっていく。


 冬の到来を感じる瞬間というのは人それぞれあるだろう。


 俺の場合、外に出たときに吐く息が白く色づいていると、ああもう冬なんだと思う。


 十二月に入る頃、ケンタッキーフライドチキンのCMが流れ始める。

 あれはクリスマスの歌だけど、どうしてか年末を感じてしまうのは俺だけではないはず。


 登校するとおおよその生徒はすでに教室にいる。そんなぎりぎりの時間ではないというのに、みんな学校好きすぎるだろ。


「おはよう、志摩くん」


「おはよう、日向坂さん」


 俺が席につくと、自分の席に座っていた日向坂さんが挨拶をしてきた。もちろん、さすがに挨拶は返す。


 つい先日、思いついたように席替えが行われた。俺は基本的にどこでもいいし、この人の近くがいいというのもないのでドキドキがなければワクワクもないのだが、教室内は大いに盛り上がった。


 くじを作り、各々がそれを引く。


 仲のいい友達の近くでテンションを上げていたり、好きな相手と近くで緊張している人がいたり、前の方の席で落ち込んでいる人がいる中、俺は廊下側の席を確保することができて密かに喜んでいた。


 理想は窓側だったけどこっちはこっちでまあ悪くはないだろう、と満足げに頷いていると前に見慣れた女子生徒がやってきた。


 イスに座り、こちらを振り返った彼女がにこりと笑う。


『近くだね。よろしく、志摩くん』


『ああ、うん。よろしく』


 と、まあ、そんな感じ。


 日向坂さんは誰に対してもそんな感じで挨拶をするし、雑談だってする。

 俺から話しかけることはほとんどないけど、日向坂さんからの雑談に応じるくらいで変に思われることはないだろう。


 逆に無視なんかすれば「あいつなに日向坂さんのことシカトしてんだよ殺すぞ」とか思われること間違いなしだ。


「なんかまだ慣れないね、この席」


「そうかな。俺としては別になにが変わったわけでもないけど」


 そう言うと、日向坂さんはちょっとだけ不機嫌になる。俺、なにか変なこと言ったかな?


「陽菜乃!」


 なんて。

 変わったことなんかないと言ったけど実際はそんなことはなくて。


「梓。おはよー」


 日向坂さんのところへやってきた彼女の名前は黒髪ボブさん改め秋名梓さんである。


「んー? 相変わらず志摩と仲いいね?」


「ふ、ふふ、普通だよ?」


 朝のジャブ程度にそんなことを言ってくる秋名。それに毎度のことながら動揺する日向坂さん。


「わかってるよー。いつも面白いリアクションありがとー」


 くすくすと相変わらず面白そうに笑う。そういうノリなのかなーとか、部外者の俺は他人事のように思う。


 だいたいいつも一言二言、俺に絡んだあと日向坂さんと二人で会話を始めるので、それを見届けると俺はスマホをいじるなり読書を始めるなりする。


 これが席替え後に変わったことだ。

 なので、慣れないといえば慣れない。

 けど、これを慣れないというのは失礼かもと思ってさっきの日向坂さんの言葉には同意しなかったのだ。


 前から聞こえる二人の楽しげな会話をBGMにスマホをいじっていると、ふいに男の声が混じってきた。


「おはよう。陽菜乃、梓」


 なんだこの異物はと、顔を上げてみるとそこには爽やかイケメンと名高い財津翔真がいた。


 相変わらず完璧なまでのイケメンスマイルな仮面を被っているなあ、と感心しながら俺は視線を下に戻す。


 ちらちらと見ていることがバレて変に絡まれても面倒だからな。


「おはよー、翔真くん」


「おはよう、財津くん」


 秋名と日向坂さんが挨拶を返している。

 よくもまあ女子二人が盛り上がっている中にいけしゃあしゃあと入っていけるもんだな。

 あんなもん、よほど自分に自信がないとできることじゃないぞ。


 こればっかりは本当に凄いと思う。俺にはできない所業だ。

 まあ、友達ってあんなもんなのかもしれないけども。友達おらんから知らんけど。


「なんの話してたんだ?」


「やー、もうすぐクリスマスだなーって話してて」


「もうすぐって言ってもまだ先だろ」


 なんとも言えない。

 十二月には突入したので一年という点で見ればもうすぐだけど、日付で見るとまだ先だし。


 クリスマスの前にテストとかあるし、俺としてももうすぐという感覚はない。


「翔真くんはクリスマスはやっぱり予定あるの?」


 せっかく話しかけてきたのだし、と秋名が財津に話題を振る。聞くまでもないだろ、あんなイケメンクソ野郎は乱パだよ。


「いや、今のところは。どうしようかなーって思ってるんだけど」


「へー、女の子と遊んだりしないの?」


「俺ってどういうイメージなわけ?」


「遊び人……というと違うな、んー、イケメン?」


 なんだそれ。


「なんだそれ」


 感想を被せるんじゃねえよ。


「翔真くんくらいイケメンだと当たり前のように女の子からお誘いあるんだろうなーって」


「いやいや、そういうこともないんだぜ。毎年友達とわいわい騒いだりはするけどさ」


「そうなの? 意外だ。ねえ、陽菜乃?」


「うん。たしかに」


「え、陽菜乃も俺のこと遊び人なイメージ?」


「そこまでじゃないけど。モテるんだろうなーとは思うよね」


「本当に、そんなことないんだよ」


 いや、モテてはいるだろ。

 なんだその謙遜は。

 お前のそれでモテてなかったら世の男子はなんなんだよ。


 と、財津に対して怒りを抱きつつ、俺はそれを鎮めるためにはあと息を吐いた。


 時間を見るとまもなく予鈴が鳴る。

 スマホをカバンに戻して顔を上げた。


 ちょうどそのとき予鈴が鳴り、生徒それぞれが自分の席に戻っていく。

 そのざわめきの中、一人になった日向坂さんが俺の方を振り向いた。


「どうかした?」


「ねね、志摩くんはクリスマスに予定とかあるの?」


「ないけど?」


「だよね!」


 は?


 なんの笑顔?


 俺のサミシマスがそんなに嬉しいのか?


 なんて考えていたときにふと思う。

 

 あれ、なんか以前もこんなこと思ったような気がするな。まあいいか。

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