第16話 休日の二人⑥


 そろそろお開きだろうか、というような時間。

 ななちゃんはキッズエリアの遊び場で数人の子供ときゃっきゃと遊んでいる。


 驚くべきことにあれらは友達ではなく、なんなら初対面らしい。

 さも顔見知りで、おっすー今日も楽しんでんねーくらいのノリで近づいていくものだからてっきり知り合いかと思った。

 あれは誰でも勘違いするよ。


 恐るべき、日向坂の血筋。


「今日はごめんね、長い時間付き合ってもらっちゃって」


 二人でベンチに座り、ぼうっとキッズエリアを眺めていた俺たち。嫌な沈黙ではなかったけど、日向坂さんがそれを破る。


「いや、全然。楽しかったし」


「楽しかった?」


「うん」


 俺が短く答えると、日向坂さんはほっと胸を撫で下ろすように息を吐いた。


 日向坂さんからしたら子供の御守りに付き合わせたようなものだし、不安になるのも無理はないか。


「あのね、さっきの質問なんだけど」


「なんだっけ?」


 さっき、というのがいつを指しているのか分からずに俺は訊き返してしまう。


「休日の過ごし方?」


「ああ」


 フードコートでの会話か。

 そういえば結局訊き損ねたんだっけ。あんなあとにこちらから訊く気にもならなかったので、すっかり忘れていた。


「なんか、答え損ねてたなって」


「まあ、そうだね」


「休日はね、結構暇してること多いんだよね」


「意外だな。友達多いし、友達と遊びに行ったりしてるもんかと」


「たまーにあるけど、土日はななの面倒見たりすることが多くて」


 ああね、と俺は得心した。

 今日みたいな日があるわけだ。


「だからあんまり予定は入れないようにしてて。その結果、ななは友達の家に遊びに行くみたいな日もあるんだけど」


「なるほどね」


「その分、お友達とは放課後に寄り道したりするしね」


「ご両親は?」


「仕事だったり遊びに行ったりかな」


「遊びに?」


「というよりデート? うちの両親、今でもそういうのしっかりするタイプなの」


 へえ、と俺は感心の声を漏らす。

 世の中の夫婦というのは時間の経過と共にそういうのが億劫になり、しなくなるものだと思っていた。


 うちの両親も二人で出掛けることなんてめったにない。結婚記念日なんかには、仕来り的な感じでご飯くらいは食べに行ってるけど。


「平日は好きにさせてもらってるから、土日くらいはわたしがななの面倒見よっかなって。別に手間かかる子でもないし」

 

 今日一日見ていてそれは感じた。

 そもそも迷子だったななちゃんを見つけたときにも薄々感じてたことだけど、本当にいい子だ。


 ダメと言われたことはやらないし、わがままも一線を越えてはこない。他の子に比べると御守りをするのもしんどくなさそう。


「日向坂さんは偉いね」


「そんなことないよ。志摩くんだって、こうして付き合ってくれてるわけだし」


「いやいや、本当に結構楽しんでたから誘われて良かったと思ってるくらいだよ」


「ほんとに?」


「ほんとに」


「神に誓って?」


「そこまでする必要があるのかは疑問だけど、誓って」


 そか、と日向坂さんはぽろりと漏らす。そこに込められた感情まで汲み取るだけの力は俺にはなかった。


「じゃあ、また誘ってもいいかな?」


 俺の様子を不安げに伺うように、俯きながら上目遣いを向けてくる日向坂さん。


 ゆらゆらと揺れる瞳をじいっと見ていることに気づいて、俺は慌てて視線を逸らす。


 前髪をちりちりといじりながら俺はゆっくりと口を開く。


「まあ、たまになら?」


「うん。じゃあたまに誘おうかな」


「それに、ななちゃん可愛いしな」


 ほわほわした空気がくすぐったくて、俺は照れ隠しのように言葉を付け足した。


「あの子とたまに会えるのは俺の人生において大きなメリットだな。日頃感じているストレスを解消してくれるし殺風景な日常にささやかな癒やしを与えてくれる。うん、会えないと辛いまである」


 適当なことを口にしたわけではないのだが、だからこそ気持ち悪いなと我ながら思った。


 引かれてないかな、と日向坂さんの様子を見ると、これまた予想外な顔をしていた。


 気持ち悪いとかうざったいとか、そういう感情というよりはどこか不機嫌な感じ。

 そりゃ可愛い妹をそんな目で見られれば怒るのも無理はないか。


「いや、さっきのはジョークで」


「ななばっかり」


「へ?」


「なんでもない!」


 ぼそりと言った日向坂さんの言葉を聞き取ることはできなくて、なんと言ったのかも聞けないまま、ななちゃんが満足して戻ってきたので俺たちはそろそろ帰ることにした。



 *



「あ」


 出口に向かって歩いていると、日向坂さんがなにかを目にして呟く。

 さっきので不機嫌なったりという様子はなく、むしろ上機嫌ですらあったのが逆に怖かった。


 ななちゃんは遊び疲れたのか眠ってしまい、日向坂さんがおぶっている。通常時も可愛いけど寝顔は天使のようだ。

 

「どうかした?」


「んーん、もうクリスマスかーって思って」


 と、日向坂さんの視線を追いかけるとクリスマスのポップが張り出されていた。


 もうクリスマスか、と口にするにはまだ早い気もするが、気づけばハロウィンというイベントも終わっていて冬の到来を感じつつある。


「文化祭がついこの前だと思ってたけどもう結構経つのか」


「そうだねー」


「文化祭といえば、例のランキング、日向坂さんはぶっちぎりの一位だったね」


「言わないでよ。恥ずかしいんだから」


 パタパタと顔を仰ぎながら日向坂さんが言う。どうやら謙遜とかではなく、本当に恥ずかしがっているようだ。


「誇るべきことなのでは?」


「見せ物にされてるだけだよ。そもそも、大勢の人からの好意が必ずしも嬉しいとは限らないでしょ?」


「そうか?」


 あまりピンとこなくて、俺はついつい眉をしかめてしまう。

 人から好かれて嬉しいことはあっても辛いことなんてないのでは? というのが、大して好意を集めれない人間の意見だ。


「あまり知らない人から告白されたときに断るの、結構神経擦り減るんだよ?」


「ああね」


 そんなことを言えば同性の非モテから反感をくらうこと間違いないけど、日向坂さんの言っていることは納得もできる。


 いくら知らない人でも断るという行為は大変だ。告白となれば振った瞬間には相手も大なり小なり凹むわけだし。


 悪いことはしてないけど罪悪感に襲われてしまうのも無理はない。

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