第15話 休日の二人⑤


 ゲームセンターを出た頃、ちょうど三時のおやつの時間を過ぎた頃で、ななちゃんのお腹がぐううと鳴った。


「なにか食べるか?」


「たべるー」


 ということで俺たちはフードコートへとやってきた。

 ここにこの三人で来るとあの日のことを思い出す。そこまで昔のことではないのに懐かしく思える。


 とはいえ、この前はななちゃんは泣き疲れて眠っていたんだっけ?


 てこてことフードコート内を歩くななちゃんの後ろをついていく。

 右を左をきょろきょろと見渡しながら気になるものを見つけるななちゃんの足がピタリと止まる。


 はてさて、なにを見つけたのか。


 そちらを見やると全国に展開している某ドーナツ屋さんがあった。というか、ミスタードーナッツだった。


「ドーナツ?」


「うん」


 まあ、間食としては悪くないか。

 というわけでななちゃんは日向坂さんに任せて俺は席の確保へと向かう。


「志摩くんはなにか食べる?」


「じゃあ無難なチョイスで一つだけ買っておいてもらってもいいか?」


「はーい」


 と、なんだかくすぐったいやり取りをした俺はフードコート内をきょろきょろしながら徘徊する。


 休日のおやつ時ということもあり、どこもかしこも似たような考えの人ばかりだ。

 その中でなんとか四人がけのテーブルを確保することに成功した俺は腰を下ろし、日向坂さんの到着を待つ。


 しかし。


 休日にこうして誰かと出掛けるのは本当にいつぶりだろうか。

 一人でいることになれてしまっていたけど、やっぱり人と一緒にいるというのは楽しいものだ。


 それを思えたことが少しだけ意外で、安心した。

 自分の中のそういう気持ちは枯れてしまっていて、一人でいる方が楽だと思ってしまわないか不安な気持ちがあったのだ。


 けれど、だとするとやはり友達というのは欲しいものだ。

 今日、こうして日向坂さんと出掛けているのには、ななちゃんという大きな理由がある。


 そういうのがなくても誘って遊べる友達ができないと意味はないんだよな。


「おまたせー」


 そんなことをぼーっと考えていると、トレイにドーナツを乗せた日向坂さんが戻ってくる。


 日向坂さんは俺の前、ななちゃんはてててとこちらに回って俺の隣に座ってきた。


「あ、こらなな!」


「んー、やだー」


 日向坂さんに注意されたななちゃんは俺の腕をぎゅうっと握ってくる。


「俺なら大丈夫だよ」


「そう? ごめんね」


「いやいや」


 言いながら、日向坂さんが俺の前にドーナツを置く。数あるドーナツの中から選ばれたのはエンゼルフレンチだった。


 ふわっとしたドーナツ生地で生クリームを挟み、チョコレートコーティングをした昔から愛される定番ドーナツだ。


「これでよかった? 好きじゃないならわたしのと交換するけど」


「いや、大丈夫。好きだし」


 言いながら、日向坂さんのドーナツを見てみる。ポンデリングとアップルパイだ。

 アップルパイは食べたことないけど、ポンデリングはもちもち食感が売りの大人気メニューだな。

 ちなみにななちゃんもポンデリングだ。


 ちらとななちゃんの方を見ると夢中でポンデリングにかぶりついているので、とうぶんの間は大人しいだろう。


「日向坂さんは休みの日はなにして過ごすの?」


 気になったというほどでもない疑問を口にする。本当に探りとかそういうのではなく、ただの雑談というものだ。


 なのだが、日向坂さんはなにを動揺してか手にしていたドーナツをぽろりと落とす。

 お皿の上に落ちてよかった。


「え、えっと、急にどうしたのかな?」


 もう一度ドーナツを持ちながら、こちらに上目遣いを向けてくる。その瞳はゆらゆらと泳いでいるように見えた。


「いや、なんとなく。別に答えたくないなら無理には訊かないけど」


「そんなことないよ。なんかちょっと意外で。志摩くん、わたしに興味とかなさそうだし」


 自信なさげに視線を彷徨わせる。


「なんでそうなる?」


 興味があると言い切るにしては確かに知りたいという気持ちは強くはないのかもしれないけど、別に興味がないわけではない。

 普通の人よりそこが冷めているだけだ。


 しかし、そんなふうに見えるのか。

 そりゃ友達できないわな、と俺は腕を組みながら唸った。


「なんとなくそんな気がしただけだよ。なら、志摩くんはわたしに興味あるのかな?」


「なくはないよ。じゃないとこんなこと訊かないし」


 と、言った瞬間。


 日向坂さんがはわわと顔を赤くした。

 そして俺も自分の失言に気づく。


「ち、ちが、別に変な意味はなくて。人としての興味というか、知的好奇心の表れというか、とにかくそういう感じであって!」


 柄にもなく動揺してしまう。


「そ、そそそ、そうだよね。うんうん、わかってた。でもちょっと言葉に驚いちゃって」


 変な空気になった。

 静かにむぐむぐとポンデリングを食べていたななちゃんが、さすがに俺たちの異変に気づいたのか食べるのをやめてじいっと顔を見つめてきた。


「おにーちゃん、おねーちゃん」


「ん?」


 ぽつりと呟いたななちゃんの顔を見ると、不思議そうに俺と日向坂さんの顔を交互に見る。


「すきすきなの?」


「ななっ!」


 俺は一瞬言葉の意味が分からなかったが、さすがは姉、瞬時にその意味を理解したようだ。


「んー?」


「ち、ちが、ちがうの! すきすきとかじゃなくて! いやちがうこともないけどでもそうじゃないの!」


 指をくるくると回しながらあれやこれやと言葉を吐く。もう自分でもなにを言ってるのか分かってなさそう。


「でも、さやちゃんとたかちゃんみたい」


「ななッ!」


 後ほど聞いたところ、さやちゃんとたかちゃんというのは、沙耶香さんと隆さんという近所のラブラブカップル大学生のことらしい。


 そこでようやく、日向坂さんのパニックの理由に気づき、またしても俺は言葉を失ったのだった。

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