第17話 休日の二人⑦


 モテる人は周りから妬み嫉みをぶつけられ、愚痴や文句を吐けば我儘だとか贅沢だとか言われて聞いてもらえない。


 モテる人間はモテる人間で苦労があるんだな、と俺はそんなことを思う。


「わたしはね」


 ななちゃんを起こさないようにゆっくりと歩く俺たち。日向坂さんがぽつりと呟いた。


 視線は前を向いたまま。


「もちろん好かれること自体が嫌なわけじゃなくて、みんなと仲良くできることは嬉しいんだけど、それがこと恋愛という意味になるとちょっとだけちがくて」


 ゆっくりと、ガラス細工を扱うように丁寧に、日向坂さんは言葉を紡ぐ。


「大好きな人に好きになってもらえたら、それでいいかなって。どれだけ多くの人から好きだって言われても、その人からその言葉がもらえないのは辛いし悲しい。そう思わない?」


 言ってから、日向坂さんは恥ずかしそうにそう俺に問うてきた。


「まあ、言いたいことは分かるかな。経験がないからなんとも言えないけど」


 恋愛経験はないし、きっと本当の意味で誰かを好きになったこともない俺がとやかくは言えない。


 けど、日向坂さんの言いたいことはよく分かった。彼女の言葉一つ一つから気持ちが伝わってきたのだ。


「文化祭のランキングといえば」


 俺は思い出したように言う。

 今日はどうにもむず痒い空気が多発する。それがどうにも慣れなくて、俺はついつい話を逸らしてしまう。


「おふざけというか、誰かの嫌がらせ的なことだと思うんだけど、俺にも一票入ってたんだよね」


 言った瞬間、ぴくっと日向坂さんが揺れたような気がした。そう思い、彼女の様子を見たときにはいつも通りの笑顔を浮かべていたが。


 気のせいかな。


「そうなんだ。なら、きっと志摩くんのことを好きな人がいるんだよ」


「いやいや、からかわれてるだけだろ」


「そんなことないって」


 どういうわけか、日向坂さんは自信ありげに譲らない。不思議に思っていると得意げに話し出す。


「だって志摩くん、友達いないでしょ」


 くすくす、と笑いながら言ってくる。


「いやいや、友達じゃないかもしれないだろ」


「友達じゃない人にそんなことをしても意味ないもん。上位しか発表されないわけだし」


「たしかに」


 言い負かされてしまった。

 彼女の言うとおり、友達でもないやつに入れても面白みはないか。イジメられてもいないしな。


 そもそも俺があの日、先生に雑用を押し付けられなければ知りようのなかった事実なのも確かだ。


「ということは、校内に俺のことが好きな人がいると?」


「かもしれないね」


「どこの誰だ……」


 心当たりがなさすぎる。

 顎に手を当て考えてみるがやはり浮かんでくる顔はない。なので早々に諦める。


「存外、近くにいる人かもしれないね」


「知ってるような口ぶり」


「もちろん知らないよ」


 そんなことを言う日向坂さんは楽しげに笑う。


 まあ、誰でもいいか。


 考えたって答えは分からないんだし。


「志摩くんはクリスマスって普段どう過ごすの? 友達とクリパ? もしかして彼女と過ごすのかな?」


「それ、わざと言ってるだろ」


「まあ、そうでないことを祈りつつ?」


「どうしても俺にサミシマスを過ごさせたいらしい」


「それで?」


「ご想像通り、家族でチキン食べてケーキ食べてサンタクロースからプレゼントを受け取って終わるよ」


「わお、楽しそうなクリスマスだね」


「そういう日向坂さんはさぞかし楽しいクリスマスを過ごしてるんだろうね?」


「わたしも似たようなものだよ。家族と過ごすことが多かったかな」


 へえ、と口から驚きの声が漏れる。


「彼氏と夜景の見えるロマンチックなレストランで高級ディナーを楽しんだりは?」


「志摩くんの中でのわたしってそういうイメージ?」


「さすがに冗談。けど、友達とわいわいパーティくらいしてるものかと」


「んんー、まあやったことはあるけどね。中学のときに一度だけ」


「楽しくなかったとか?」


「楽しかったよ」


「ああいうのって毎年行われるものじゃないの? したことないから知らんけど」


「クラス会だったから」


「あー、そういうこと」


 そういう催しを積極的に行うクラスがあればそうではないクラスもある。それら全ては仕切り屋がいるか否かの違いだけ。


「個人的には誘われなかったんだ?」


「誘われてた、けど」


 やっぱりかよ。


「最初のグループに家族と過ごすからって言ってお断りしちゃって」


「それを律儀に守ったのか」


「嘘を言うのは失礼だと思ってね」


 なんというか、日向坂陽菜乃らしい行動というか言動だ。どこまでも律儀で優しく、周りのことを考えている。


 なんて、彼女を語れるほど彼女のことを知ってはいないのだが。


「じゃあ今年も家族と?」


「んー、どうだろ。あんまり知らない人に誘われたらお断りしちゃうから、今年も家族とってコースになるかもね」


「女友達とかに誘われれば?」


「内容次第かも」


 あはは、と苦笑いをする。


 それだけで日向坂さんと言わんとしていることが理解できてしまう。

 つまり、合コンとかを警戒してるんだろうな。日向坂さんレベルの女子がくるなら男子なんて入れ食い状態だろうから。


 けど心配ないよ。

 合コンっていうのは自分よりもモテなさそうな一定水準をクリアしてる同性しか誘わないから。

 ソースはこの前読んだ漫画。


「志摩くんは?」


「もちろん、一緒に過ごす友達なんていないから例年コースでしょ」


「クラス会とかあるかもよ?」


「誘われれば行くかもね」


 今度は俺が苦笑いをする。

 それが自嘲めいたものであることは日向坂さんもお察しだろう。


「いや、クラスメイトだよ?」


「世の中には幽霊部員という存在がいてだな」


「ちゃんと登校してるのに」


「登校していても、登校していることに気づかれていなければ、それはもうしてないのと同意なんだよ」


 なんて話をしているとようやく出口に辿り着く。

 駐輪場まで一緒に行ったところでお別れだ。


「今日はありがとね」


「何度目のお礼だ、それ」


「ふふ。たしかに」


 それがなんだかおかしくて、二人して笑ってしまう。その声でななちゃんが起きてしまった。


「おねーちゃん?」


「あ、なな、ごめん起こしちゃった?」


「んー」


 ぐしぐしと眠たそうに目をこするななちゃんは日向坂さんの背中から離れる様子はない。


 本当にお姉ちゃんのことが好きなんだな。


「ほら、お兄ちゃんにばいばいって」


「ばいばい」


「うん。バイバイ」


「それじゃあ、また学校でね」


 その後、二人の背中が見えなくなるまで見届けたあと、俺は心地よい疲れとこれまでにないような満足感を抱きながら帰路についた。

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