第12話 休日の二人②


 お昼より少し早めに入ったからか、はたまたこの店の客入りがこんなもんなのかは知らないが、店内はまばらに人がいる程度だった。


 店員に案内されて席につく。

 さすがに食事中の面倒を見れる気がしないので不満げになるななちゃんを日向坂さん側に座らせる。


 メニューは二つ用意されていたので一つをあちら側に渡し、俺は一人でメニューを眺めることにした。


 うどん屋ってあんまり来ることないんだよな。

 嫌いってわけじゃないし、家とかでは全然食べたりするんだけど、わざわざ外で店に入るほどのものではない的な。


 うどんの他にも蕎麦のメニューがあるらしく、天ぷらやとろろ、梅など種類は様々だ。

 さらに見進めると鶏天丼といった丼ものもあるらしい。


「ななは何がいい?」


「んーとね、これ」


 二人は順調に決まっているそうで、俺もさっさと決めてしまおうとペラペラとページをめくる。


「志摩くんは決まった?」


「ああ、だいたい」


 だいたいってなんだよと自分にツッコミを入れながら、日向坂さんが店員さんを呼ぶのを見届ける。


 それぞれが注文を済ます。


「そういえば、ななちゃんっていくつなの?」


 よくよく考えると聞いていないと思い、雑談程度の気持ちで尋ねる。


「なな、何歳だっけ?」


「よんさい」


「ほー」


 四歳か。

 四歳ってこんなもんなのか。妹はいるけど歳が近いからあんまり分かんないな。あいつもこれくらい小さい頃は可愛かったような気がする。


 しかしあれだ、一人で歩け、会話ができ、感情をしっかりと持っている、可愛い時期だな。


「志摩くんって子ども好きなの?」


「嫌いではないよ。可愛いとも思う」


「そうなんだ。なんか、他人に興味なさそうだからどうなのかなって思っちゃった」


 失礼なことを言われたような気がするけど、あながち間違いというわけでもないので否定しきれない。


「別に他人に興味ないわけじゃないよ」


「そうなの?」


「興味を抱く相手がそうそういないだけ」


「意味一緒なのでは?」


 引きつった笑顔を見せる日向坂さんから視線を逸らす。


 本当に、別に他人に興味を抱かないわけではないのだ。

 ただ興味を持っても上手く関われる保証はないわけで、つまり興味を抱いたにも関わらずなにも知れないまま終わる可能性があるわけで。


 だから、自分から踏み込んでいくことがあんまりないだけ。


「ちなみに志摩くんっていつも一人でいるじゃない?」


「まあ」


「自称友達のいない志摩くんなわけだけど」


「自称というか、事実だけど」


「か、彼女とか欲しいとは思わないの? ていうか、いないよね?」


「友達がいないからといって、彼女ももちろんいないと決めつけるのはどうかと思うが」


「い、いるの!?」


 バンッとテーブルを叩いて立ち上がる日向坂さん。分かりやすく動揺している。

 隣に座るななちゃんも何事だと日向坂さんの顔を見上げている。


「いや、いないけど」


「ややこしいこと言わないで」


「悪い」


 なんとなくすんなり肯定するのが阻まれたのでちょっと軽口を挟んだだけなのだが、どうしてか謝ることになってしまった。


「それで?」


 先ほどの質問の答えを催促される。


 あまり深く考えたことはなかったけど、恋人が欲しいかどうかか。


 ふむ、と唸る。


 何度でも言うが、俺は別に好んでぼっちでいるわけではない。いろんなことが重ならなかった結果、こうして一人でいるしかないだけだ。


 友達がいればいろんなところに遊びに行ったりするだろう。休日、家と本屋の往復くらいしかすることのない俺も遊園地とかボウリングとか、そういう場所にも行けるだろう。


「まあ、欲しいか否かで言えば欲しいかな」


「そうなんだ」


 日向坂さんはちょっと意外そうに呟く。


 友達とできることは恋人とでもできるだろうし、逆に恋人とできることのすべてを友達では補いきれない。


 つまり、どちらかを作れるというのなら友達よりも恋人の方がお得ということになる。


 なんて、こんな捻くれた考え方を口にすることはできないな。


「ただ、それは理想論であって現実的じゃないよ。友達もろくにいないんだ。彼女なんてできっこないね」


「例えば、志摩くんのことを好きだって言う女の子がいたら?」


「そのときはそのときだよ」


「付き合うの?」


「まあ……どうなんだろ」


 考えてみると、どうとも言えなかった。

 付き合うとなると、やはり相手との相性はある程度必要になる。

 合わないのに付き合ったとて、上手くいかないことは明らかだしな。別れるくらいなら最初から付き合うべきではない。

 

 けど、合わないと決めつけてつき放すのももちろん違う。


「とりあえずデートでもするんじゃないかな。それで合うなら付き合うのもいいと思うよ」


「そ、そうなんだ」


 ぽしょぽしょと日向坂さんが聞き取れもしない言葉にもならない言葉を零していると、頼んでいた料理が運ばれてくる。


 俺の前には天丼とうどんのセット。

 日向坂さんの前にはとろろ蕎麦。

 ななちゃんの前にはきつねうどん。


「さっき、なにか言った?」


 俺に向けられていたものならちゃんと聞いたほうがいいかな、と思い一応訊き返したが。


「んーん、大丈夫。食べよっか」


 なにかを誤魔化すように笑った日向坂さんはそんなことを言う。彼女がそう言うのなら、俺が無理やり聞き出すこともない。


「ななちゃん、ずいぶん静かだったね」


 さっきから俺と日向坂さんが話している間、ずうっとぼーっとしていた。

 まだ来たばかりだからしんどいとか眠いとか、そういうんじゃないと思うんだけど。

 ちょっとだけ不安になった。


「あー、お腹空いてるときはいつもこうなの。ぼーっとしちゃうっていうか」


「そ、そうなんだ」


 ちょっと変わった子だな。

 まあ泣き出したり駄々をこねたりしないところ、お利口というか世話がかからなさそうだ。


 ななちゃんの様子を見ながらご飯を食べる日向坂さん。そんな二人の様子を眺めながら、俺もちるちるとうどんをすすった。


 美味いな。

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