第11話 休日の二人①


 土曜日。

 俺は以前日向坂さんとエンカウントしたイオンモールにやってきていた。


 ここに来る理由として最も多いのは映画を観るである。次に多いのは近所の小さい本屋に目的の品がなかったとき。

 それ以外のほとんどはなんとなく散歩してたら到着した、みたいな感じだ。


 そんな俺だが、今日はそのどれでもない理由でここへ来ていた。


 入口をくぐり中に入ったところでスマホを確認するが、音沙汰はない。なので適当に場所を見つけて壁に背中を預ける。


 土曜日なので相変わらず人が多い。そのほとんどは家族連れである。父や母と買い物にきた子どもたちは皆笑顔である。

 それを見ていると、特になにもしていないけどほっこりしてしまう。


 なんて、そんな休日のイオンモールの光景に感心しているとあちらから見知った顔がこっちに向かってきているのを見つける。


「ごめん。待った?」


「いや、今来たとこ」


 長い髪は三つ編みにして二つ括りで下ろされている。普段学校で見ることのない髪型に俺はついどきっと心臓を跳ねさせる。


 それだけでなく、長袖のシャツに黒のワンピース、黒のブーツの彼女は完全完璧にプライベートモードだ。


 そう。

 本日、俺は日向坂陽菜乃との約束を果たすためにここに来ていた。


 先日、昼休みの終わりに誘いを受けた俺は断る理由もないので承諾した。

 それはもちろん日向坂さんの誘いだからというのはあるのだが、それ以上にもう一つ。


「おにーちゃん!」


 日向坂さんの後ろにいた小さな女の子が俺の足にぎゅっと抱きついてきた。

 黒のハーフツイン、白のワンピースに身を包むこの女の子は日向坂さんの妹さんだ。


 名前は日向坂菜々乃ちゃん。


「こんにちは、ななちゃん」


 俺はしゃがんでななちゃんに視線を合わせる。俺の顔を見た少女はにぱーっと満面の笑みを浮かべる。


 先日、俺と日向坂さんが学食でご飯を食べていたときにかかってきた電話はななちゃんからだったそうだ。


 どうやら以前から俺と会いたいと言っていたらしいななちゃんが痺れを切らしてお母さんのスマホを使って電話をしてきたんだとか。


 さすがにそろそろ限界だと感じたらしい日向坂さんは、俺に理由を説明し今日という日を設けた。


 という感じ。


「それで、今日はどうするの? 特になにをするとか聞いてないんだけど」


「あー、うん、特にわたしも考えてないんだ。またお礼するから、今日はななのわがままを聞いてくれると嬉しいかな」


 申し訳無さそうに日向坂さんは言うけど、俺からしたら何の苦労でもない。むしろ、嬉しいまである。


「ななちゃん、まずはどこに行こうか?」


 俺は小さい子どもが割りと好きだ。

 もちろんロリコン的な意味ではなく、世間一般的な好きの範疇で。


「んー」


 口元に手を当てて考える。

 仕草があざと可愛い。この子、将来有望だな。

 日向坂さんの妹なわけだし容姿の心配はない。そこにあざとさが加われば世の男子を好き放題できるに違いない。


 ななちゃんが思いつく前に、彼女のぐううっとお腹が鳴る。


「お昼まだなの?」


「うん。そうなの。志摩くんは?」


「俺もまだだよ。遅めの朝食は食べたけど。そういうことならとりあえずお昼を食べようか」

 

 よいしょと小さく吐いて立ち上がる。


 ここで決めるよりはラインナップを見たほうが選びやすいだろう。

 とりあえず館内マップのある場所へ移動するか。


「おにーちゃん」


 行こうとしたがななちゃんが俺の服の裾を掴んだ。見下ろすとしっかり上目遣い、こんなの反則だろ。


「ん?」


「て」


 手を上げて言う。

 ああ、手を繋げと。嘘だろ、可愛すぎん? ななちゃんしか勝たん。


 差し伸べられたというか、掲げ上げられたななちゃんの手を握って歩き出す。


「どうしたの、日向坂さん?」


 歩き出さない日向坂さんを不思議に思い、俺は振り返る。

 すると彼女は少し不満げな表情を浮かべながらこちらを見ていた。人混み好きじゃないのかな。


「別に。なにもっ」

 

 言って、日向坂さんはタタタと駆け足で俺の隣に並ぶ。


「なな、お兄ちゃんに迷惑だから手はわたしと繋ごっか!」


「や」


 ぷいっと即答するななちゃん。

 ふむ、そこまで考えてくれるとはさすが日向坂さんだ。


「俺は大丈夫だよ」


「そうですか! じゃあお願いするね!」


 なんかヤケクソみたいな言い方だった。俺、なにか変なこと言っただろうか。


 女の子の考えることはよく分からないな。


 ていうか、俺はなんでこんなに懐かれてるんだろ。

 確かに迷子のときに助けてあげたのは事実だけど、あれだけでここまで懐いてくれるもんなのか?


 でも子どもは正直だし、好かれているのは確かだろう。人に好かれるのは悪い気はしないし、考えるのはやめようか。


 俺たちはエスカレーターを使って二階に行き、館内マップを見つける。

 二階にはフードコートがあるが、さらに上に行くと四階にはお店も並んでいる。


「ななちゃんはなにが食べたい?」


 俺はななちゃんを持ち上げてマップを見せる。見せたとて内容を理解するかは分からないけど、写真あるし大丈夫かな。


「んーとね」


 きらきらした目をしながら悩む。

 ひと通り眺めているので、やはり絵で判断くらいはできるようだ。

 小学校には行っていないくらいだろうけど、どこまでのことを理解しているのだろう。


「おうどん」


「うどんか」


 ななちゃんを下ろしてマップを見る。


「ここ、そうじゃない?」


「そうだね。ここにしようか」

 

 俺が探していると、日向坂さんが先に見つけた。

 フードコートではなく、四階にうどん屋があったので、そちらに向かうことにした。


「おにーちゃん、て!」


「ああそうだね」


 再び催促され、俺はななちゃんの手を握る。

 それから、店に到着するまでの間、やはり日向坂さんはどこか不満げであった。


 うどん、好きじゃないのかね?

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