第10話 邪魔者はどちら③


 しかしそう都合のいい展開にはならないようで、日向坂さんは財津の爽やかスマイルに笑顔を返していた。


「なんの電話だったの?」


「大したことない話だったよ。移動して損したかな」


 あはは、と笑いながら日向坂さんは席について食事を再開する。


「そういえば陽菜乃さ」


 そう切り出し、再び財津のステージが幕を開けた。

 よくもまあ俺が介入する余地のない話題がぽんぽんと出てくるものだ。話題の引き出しがまずレベチである。

 これがリア充たる所以なのか。


 しかし。


 別に会話に参加したいわけではないのでとりあえず見届ける。

 あの財津が徹底して俺を避けているのだから、そこに隙なんてないだろうから。


 じゃあここでなにしてんだって話なんだけど。


 なにしてんだろうな、俺。


「あのとき陽菜乃なんて言ったんだっけ?」


「ええっと、たしか」


 財津のマシンガントークに日向坂さんは若干引いているように見えるのは、俺の願望がそう見せているだけだろうか。


 ちら、ちら、とこちらを気にしている日向坂さん。


 財津は二人という空気を作りたいのだろうけど、どこまでも優しい日向坂さんはここを三人の場と考えているに違いない。


 だから、会話に参加できない浮いた俺を気にしているのだろう。


 しかしどうすることもできないでいる。別にそのままでいいんだよ。俺は全然気にしていないから。


 と、ぼーっとしながら前に座る二人の様子を眺めていると少し遠くから声がした。


 なにか言っている、程度にしか聞こえなかったけど遠くにいる三つの人影はこちらを向いている。


「おーい、翔真」


 財津さんをご指名だった。


 知らない顔だ。つまりクラスメイトではない。

 自信を持ってクラスメイト全員の顔を覚えているとは言えないが、目立つ財津翔真と関わる人間の顔は嫌でも視界に入ってくる。


 なので、自然と記憶に残ってしまうのだが、それにしても見覚えがない。


「おー、タク。どした?」


 タクと呼ばれた茶髪のチャラチャラした男は腰まで下げたズボンをずりずりと擦りながらこちらにやって来る。


「いやお前の姿見かけたから。ミワが声かけろってうるせえんだよ」


「いーじゃん別に」


 ミワと呼ばれたくるくるパーマの女子生徒が指先で髪の毛をいじりながら言う。

 仕草には可愛げがあるが、ギャルなのがマイナスポイントだな。俺にギャル属性はない。


「ねーねー、ちょっと語ろ?」


 ミワが財津を誘う。


 俺や日向坂さんのことなど気にしていない様子だ。


 そう思ったが。


 俺はともかく、彼女は一度日向坂さんの方に鋭い目つきを送る。日向坂さんはそれに気づいているかは定かではない。


 ははーん。

 なるほどね。


 財津って野郎は罪な男だ。

 そりゃ中身はともかくこれだけ外見がいいんだ。多くの諦める女子がいる一方、こういう女子もいる。


「えっと、でも」


 しかし財津君。

 日向坂さんとのランチタイムを諦めたくないのか返事を濁す。


 それを俺たちに遠慮していると察したのか、日向坂さんがアシストを決める。


「わたしたちは大丈夫だよ。せっかくだしお友達とお話したら?」


 財津にとっては最悪のパスだったが。


 日向坂さんにここまで言われて残るというのは違和感がある。その違和感を起こすことを財津も望んではいないだろう。


 なので。


 つまり。


「それじゃあ、俺は行くよ。また今度ゆっくり話そ」


「うん。じゃあ」


 ひらひらと手を振って見送られた財津は食べ終えた食器を持って、ご丁寧に俺に睨みを効かせてから行ってしまった。


 嫌われたもんだな。


「志摩くんってさ」


 姿が見えなくなった財津を見送ってから、日向坂さんは俺の方を振り向く。


「なに?」


「財津くんと仲悪い?」


「どうして?」


 分かりきったことを訊き返す。


「なんとなく、そんな気がして」


「そもそも仲を良し悪しで判断するほど関わってないからね。まあ、好かれてはいないっぽいけど」


「だ、だよね」


 なにを思っているのか、そう言った日向坂さんは残りの食事をぱぱっと済ましてしまう。

 俺はさすがに先に食べ終わってしまったのでその間待つことにした。


 しかし財津のやつ、どうして俺みたいなやつにあそこまで敵意剥き出しだったんだろうな。


 日向坂さんを狙う男なんて他にごまんといるだろうし、そいつらの方がまだいろいろと魅力的だろう。

 日向坂陽菜乃を取られたくないという気持ちからあの行動を起こしたのなら、やはり相手を間違えている気がする。


 そもそも、俺は別に日向坂さんとどうこうなりたいとは思っていない。


 周りの人間が思うように、俺のような男と釣り合うとは思っていない。そんなこと言われるまでもないのだ。


「日向坂さんは財津のこと、どう思ってるの?」


 生姜焼きを食べ終えた日向坂さんは残りの味噌汁をすすっていた。俺の質問にぴくりと動きを止める。


「……というと?」


「いや単純に気になっただけ。言葉通りの意味だよ」


 ぐいっと残りの味噌汁を飲み干し、お椀を置いた日向坂さんはぐびりと水を飲んでからふうと息をつく。


「いい人だと思うよ。みんなに優しいしクラスのムードメーカーだし女の子にも人気だよね。さっきの女の子なんて明らかに好きだったよね?」


 少し楽しそうに話す日向坂さん。

 その財津はあなたのこと好きなんですけど、それには気づいてないんですかね。


 しかし。


 やはり優しいとかムードメーカーとか、プラスの印象を抱いているところ、財津翔真は演技が相当上手いらしい。


 俺が抱いている、さっきまでのやり取りで抱いた印象とは真逆なのだから。


「それがどうかしたの?」


「いや、クラスのリーダー的な存在なだけあるなと思って」


 心にもないことを言って立ち上がる。

 日向坂さんもそれに続いた。


 ここまで来て別れるのもおかしいので教室まで並んで戻る。

 その道中、日向坂さんが思い出したように手を叩いた。


「あのね、志摩くん」


「ん?」


「今週の土曜日か日曜日なんだけど、暇な時間あるかな?」


 と、男子ならばドキドキ不可避なセリフを吐いてくる日向坂さん。それも緊張したような表情をしているのだから、こちらまで緊張しそうになる。


「あいにく、土日の予定が埋まったことは入学してから今まで一度もないよ」


「んん、つまり?」


「暇してるってこと」


 友達いないからね。

 映画行くくらいしか予定の入れようがない。もちろん一人でなのでそもそもどうとでもなってしまう。


「あのね、じゃあちょっとだけ付き合ってもらってもいいかな?」


「はい?」


 美少女からの誘いに、俺はついつい間抜けな返事をしてしまった。

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