第9話 邪魔者はどちら②


 そもそも俺の許可を得る前に座っていたけどな。ダメと言えば立ち去るのだろうか。


 なんてことを考えても仕方がなく。

 

 そんなわけで突然よく分からない三人のランチタイムが始まってしまう。


 最初こそ俺と日向坂さんが二人で食事をしていたのだが、ここにトップオブリア充の財津翔真が現れたことであら不思議、俺が異物へと成り変わる。


 現に三人になってから俺の発言はぴたりと止まってしまった。

 財津と日向坂さんが楽しそうにツーショットトークを繰り広げており、俺はそれを眺めているだけ。


「そういえば陽菜乃、この前さ」


 と、俺が分からない話題ばかりを投げかける。それに対して、日向坂さんは「ええっと、そうだねー」みたいな感じで返している。


 発言がないのでさっきから食事が進んで仕方ない。

 このままでは先に食べ終えてしまう。それはそれでいろいろと問題が生じるぞ。


「それじゃ、俺先戻ってるからごゆっくり」と、立ち去ることができればいいのだがそれもできそうにない。


 立ち去っていいものか分からないからだ。

 もともとが日向坂さんと財津の二人で、そこに俺がおまけとしていたならばいいけど最初にいたからこそ悩ましい。


 かといって会話に入ることもできない。

 というか、これは俺の思い過ごしかもしれないけどさっきから財津は意図的に俺が入れない話題を選んでいるように思える。


「……」


 ゆっくり食べよ。


 と、小さい頃ママンに言われたことを思い出してよく噛むことにした。


「あ、ごめん。ちょっと電話が」


 もりょもりょと食事を続けながら二人の会話を見届けていると、スマホのバイブレーションに気づいた日向坂さんが立ち上がる。


 そして、てててと学食の外へと走って行ってしまう。そうして残される俺と財津。


 先ほどまではにこにこと笑いながら楽しそうに話していた財津だが、日向坂さんがいなくなった瞬間に表情が真顔に変わる。


 いつも誰かしらといるとき、常にこいつは完璧な笑顔を浮かべている財津翔真の真顔なんてものを拝めるとは。


 鋭い目つきがこちらを向いた。


「志摩、だったっけ?」


 弾んだ声色は感情のない冷たいものへと一変していた。


「ああ。クラスの人気者に認知されてて光栄だよ」


 キャベツをむしゃむしゃと貪りながら俺は適当に言った。その対応が気に喰わなかったのか、財津はさらに不機嫌な様子を見せる。


「お前さ、今の自分の状態分かってる?」


「さあ」


 今は財津と日向坂さんが二人で話していた状況とは違う。あちらに俺と会話する気があるのなら俺だって話くらいできる。


「邪魔者だよ。分かるか?」


「まあ、言いたいことは分からんでもない」


「俺と陽菜乃が楽しく過ごしてんだぞ。明らかに邪魔なんだから、さっさと飯食って惨めに立ち去れよ」


 イライラしているのが伝わってくる。というか、伝えにきているのだろう。


 いるんだよなあ。グループとかでイライラを周りに振り撒くやつ。なんの解決にもならないんだから我慢すればいいのに。


 まあ。


 今回に限って言えば、グループ内でではなく、ただ俺にそれを向けているだけなので誰にも迷惑はかかっていないのだが。


 もちろん俺にだって迷惑はかかっていない。


 まさかここまで本音というか、本性をぶつけてくるとは思わなかったけど、彼の性格がアレであればあるほどここにいて良かったと思えるから。


「それも考えたんだけど、なんか違うのかなーと思ってさ」


「なにが違う? お前みたいな陰キャぼっちが陽菜乃と飯食ってること自体が違うんだよ。場違いだと思わないか?」


「それは激しく同意する。けど優しい日向坂陽菜乃はぼっちでいる俺を放っておけないんじゃないか」


 実際にそう言われたわけではない。

 ただ、いろいろと考えた結果、そういう理由を日向坂陽菜乃の行動に当てはめると納得できた。


「よく分かってんじゃん。バカバカしい勘違いとかしてなくてちょっと感心したわ。ただのバカなら、優しくされたら夢みたいな勘違いするだろ」


「あー、まあ、そりゃするでしょ。まるで漫画のような話だからな。陰キャの俺にクラスの美少女が……っていう展開はさ。ラノベの鉄板だよ」


「勘違いもしてないのならなんで何も言わない?」


 不思議そうな顔はまったくしていない。ただただ憎らしい視線をこちらに向けながら財津は訊いてくる。


「考えてもみろ。もし道端で大人気アイドルに話しかけられて一緒にランチをすることになったら、その時間を精一杯楽しむだろ」


「はァ?」


「それと一緒だよ。舞い降りた奇跡を楽しんでるんだ」


 もはや訊くまでもないが、財津翔真は日向坂陽菜乃のことが好きなのだろう。


 好きという感情がどこまで存在するかはともかく、恋人にしたいと考えているのは明らかだ。


 誰もがお似合いと言うだろう。

 誰もが認めざるを得ないだろう。


 男子から人気の日向坂陽菜乃と女子から人気の財津翔真。


 他の誰かならば不満や文句の一つや二つ出てくるのは当たり前だけど、この二人ならばきっとみんなが祝福する。


 こいつならば仕方ない、と自分に言い聞かせ諦めることができるからだ。


「鬱陶しい奴だな。陽菜乃が戻ってきても帰るつもりはないと?」


「そんなところ」


「……まあいいや。ならそこで惨めに黙々と飯食ってりゃいいよ」


 俺も最初はお似合いだと思っていたさ。


 けど、今のこれを見てしまうとなあ。


 容姿は百点だけど中身に難ありだ。しかもその中身を隠し、パーフェクトを偽ることができてしまっている。


 俺にできることなんて大したことはないだろうし、俺の知らないところで物語が発展するだけだろうけど、それでも今、このタイミングだけは帰る気にはならなかった。


 俺たちの話が一段落したところで、タイミングを見計らっていたように日向坂さんが戻ってきた。


 タイミングを見計らっていたならば良かったのに。

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