第8話 邪魔者はどちら①
基本的にお昼は弁当を持参しているけれど、たまに学食を利用することがある。
いつも弁当を用意している母が「今日はなんか違う」みたいなことを言って作らないのだ。
そういう日は五百円玉を渡される。今日日、様々なものが値上がりしているので五百円では育ち盛りの男の子は満足できない。
しかしそんなときに頼りになるのが学食だ。それなりに上手い、それなりに速い、それなりに安いと三拍子揃ったこの場所はまさに学生の味方だ。
なので結構混む。
「わー、混んでるねー」
「うおッ」
学食に入り、相変わらずの人の多さに感心していると後ろから声がした。
自分にかけられたものでなくても驚くのだから、自分にかけられているとなお驚く。
「日向坂さん、急に声を出すのはやめていただきたい」
「ごめんごめん。けど、想像通りのリアクションが返ってきて面白かったよ」
にはは、と楽しそうに笑う。
この人、他人が驚いたところを見て笑っちゃうタイプか。
「志摩くんが学食なの珍しいね?」
「それは日向坂さんも同じなのでは?」
俺が教室でぼっち飯決め込んでるとき、日向坂さんはお友達と談笑しながらランチタイムを楽しんでいる。
という光景は意識していなくても視界に入ってくる。
「うん。みんなお弁当持ってたからどうしよーって思ってて。そんなとき、ちょうど教室を出る志摩くんがいたわけですよ」
「なるほどね。あの日向坂さんにそんなこと言ってもらえるなんて光栄だなー」
「もうちょっと感情込めて言ってほしいな」
そんな話をしながらとりあえず俺たちは食券機に並ぶ。学食は大盛況ではあるけど、列と空いている席を見比べた感じ座れそうだ。
「ところでまだ訊いてなかったけど、お昼一緒してもいいかな? わたし、志摩くんと違って一人でご飯食べるの寂しいタイプなんだ」
「後半の文章付け足す必要なくない?」
それだと俺が好んでぼっち飯をしているみたいじゃないか。俺だって一緒にご飯食べる友達いるならぼっち飯なんかしてねえよ。
「いやあ、同情を誘えるかと」
「……まあ、いいけど。日向坂さんなら誘えばいくらでも人がついてきそうなもんだけどね」
「わたしだって一緒にご飯食べる人くらい選びたいよ」
「その言い方だと、俺とご飯食べたいと言ってるように聞こえるんだけど」
「……どうだろうね」
そこに関しては小さな声で呟くだけだった。さすがにからかいすぎたか、と反省する。
ようやく俺たちの番が回ってきたので食券を購入する。あとにも並んでいるのでここでダラダラ選んでいる暇はない。自分の番までに決めて購入は速やかに、だ。
俺は日替わりランチを購入。ワンコインでそれなりのボリュームが確約されているので学食を利用するときはこれと決めている。
悩むのが面倒なだけだが。
「わ、決めるの早いね」
「ダラダラ選んでると後ろの人に蹴られるからね」
「えっ、ほんとに?」
「……半分冗談」
「半分本気なんだ」
わー、と言いながら日向坂さんも慌てて食券を購入する。ちらと見えたが、彼女も日替わりランチを買っていた。
「日向坂さんもとりあえず日替わりランチ派?」
「そんな派閥聞いたことないけど、そんなことはないよ」
「ならどうして?」
「志摩くんが買ってたから。おすすめなのかなって」
「まあ、ハズレではないと思うよ。当たりであるかは微妙なところだけど」
言葉通りのクオリティが出てくる。しかしそれは学食そのものの特色なので、そういう意味ではどれを買っても大差はない。
学食は食券を購入すると自動的に厨房の方に注文が飛んでいき、それを確認したおばちゃんがテキパキと準備をするというサービスエリアシステムが採用されている。
しかもそこそこのスピードで提供されるから驚きだ。でも温かいから作り置きではない。
本当に、それは鳴高七不思議にしてもいいくらい不思議である。
食券購入から五分かからないくらいでトレイに乗った日替わりランチが提供される。
今日は生姜焼きか。特盛キャベツとどっさり生姜焼き。それに味噌汁とライスがついて五百円。
とりあえず空いている席を探す。
さっきまではちらほらと空いている席があったけど、だいぶ埋まっている。
これだと空いているところを探すのも一苦労だな。
と、そんなことを考えていると。
「あ、志摩くん。あそこ空いてるよ」
日向坂さんが空いている席を見つけた。彼女が指差したのは四人がけの席だけど、周りを見るにあそこに座らざるを得ないだろう。
「助かったな」
そんなわけで俺たちは見つけた席に腰掛ける。
日向坂さんは俺の正面に座った。
いただきまーす、と手を合わせて彼女は日替わりランチを食べ始めた。俺もそれに続く。
生姜焼きを一口。
ふむ。
やはり普通だ。
可もなく不可もない。良く言えば家庭の味。なにかに拘ったわけでもないどこででも食べれるありふれた生姜焼きだ。
だがこれでいい。
だがこれがいい。
「学食って結構混んでるんだね」
「みたいだね。たまにしかこないから、この混み具合を見るとうんざりする」
俺も日向坂さんも学食はあまり利用しないタイプなので、人の多さには驚く。
そもそも人混みを好む人間はいないだろうけど、俺は人混みが得意ではない。
できることなら関わらずに生きていきたいと思っている。
なので、やはり学食は積極的に利用したいとは思わないな。
「あれ、財津じゃないか?」
ふと、待ち列を見るとそこにはひときわ輝きを放つイケメンがいた。緑の木々の中に紅葉があるのをすぐに見つけれるように、財津翔真という人間も嫌でも視界に入る。
珍しく一人らしい。
いつもは取り巻きを連れているというか、取り巻きにつきまとわれているイメージがあるけど、あいつも一人で行動することあるんだな。
あんなイケメンでも親近感が湧いてしまうぜ。
「ほんとだ。一人なの珍しいね」
財津とそこそこ関わりのある日向坂さんでさえ、そう思うようだ。
典型的リア充だからな、あのイケメン野郎は。
注文した料理を受け取った財津はきょろきょろと周りを見て空いている席を探す。
あいつくらいイケメンで社交性があると、困っていても周りがすぐに助けてくれる。
つまり、財津と関わりたい女子が自分のところ空いてるよと全力でアピールしてくるのだ。
しかし、どういうわけか財津はその誘いに断りを入れて、なおも学食内をさまよう。
宛もなく、という感じはなく明らかになにか目的を持って歩いている。
もっと言うなら、誰かを探しているように見えるのだが。
その答えは直後、わかることになる。
「いた。陽菜乃、ここいいかな?」
俺たちのテーブルへとやってきた財津は、何十何百の女子をメロメロにしてきた爽やかイケメンスマイルを繰り出した。
「あ、ええっと、うん」
どうやら財津の目的は日向坂さんのようだ。
戸惑いのような間を見せた日向坂さんの許可を貰い、財津は日向坂さんの隣に座った。
「えっと、そうそう、志摩だっけ。ここ、座らせてもらうな」
「ああ、どうぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます