第13話 休日の二人③


 昼食を食べたあと、俺たちは適当にイオンモールの中をぶらぶらと歩き回った。


 基本的にはななちゃんが気になった場所に立ち寄り、時折日向坂さんがふらっと店に入っていくので俺はななちゃんの面倒を見る。


 こんなことを言うと日向坂さんに失礼だろうけど、休日に家族サービスをするお父さんというのはこんな感じなのかもしれない。


 あちらこちらと店を回った俺たちはゲームセンターへとやってきていた。

 ななちゃんがクレーンゲームの中にあるぬいぐるみに目を奪われている。目というか、もう気持ちを持っていかれている。


 頑として動く気配のないななちゃんのために、日向坂さんがクレーンゲームにチャレンジすることになった。


「あれってなんていうキャラクターだっけ?」


「ん? 志摩くん知らないの? すごい有名なのに」


「んー、見たことはあるんだけど」


 薄い緑の毛で二足歩行のうさぎのキャラクター。美味しそうににんじんをかじる姿が印象的だ。


「バーニーだよ。アニマルフレンズの」


「あー、ドリーミーランドの」


 ドリーミーランドといえば夢の国として全国民に知られているといっても過言ではない遊園地だ。

 カップルや友達、家族で行っても楽しめてしまう誰もが一度は訪れたいと思っている場所。


 俺も一度くらいは行ってみたいと思っていなくもない。そのくせキャラクター忘れてたのかよという話だが。


「そそ」


「ななちゃんはバーニー好きなの?」


「すきぃ」


 俺が訊くとななちゃんはぐにゃりと笑顔を作る。どうやら本当に好きらしい。


 可愛い、だろうか?


 男には分からない可愛さなのかもしれないな。深くは考えないでおこう。


「日向坂さんはクレーンゲームってよくするの?」


 コインを投入しようとした日向坂さんはピタリと動きを止める。そして、躊躇うようにお金を入れてこちらを振り返る。


「ま、まあね。わたしくらいになるとクレーンゲームくらい朝飯前だよ」


「そう」


 表情が固かったなあ。

 まあ、本人がそう言うのであれば俺がとやかく言うのも違うだろうし、ここはとりあえず傍観しておくか。


 ということで、すうはあと深呼吸をする日向坂さんの後ろで、ななちゃんと一緒に見守る。


 日向坂さんがプレイしようとしているクレーンゲームは横と縦の動きを操作して照準を合わせるタイプのものだ。


 昨今では一度で取れることはほとんどなく、徐々に動かしていくものがほとんどなのだが。

 しかし、時折アームの力が強化されることがあったりするので、運の要素もある。

 あれはお金をいくらか投入したタイミングで発生すると言われたりしてるけど事実は分からない。


「……っ」


 日向坂さんは慎重に横のラインを操作する。それを終えたタイミングで一度ふうと息を吐く。


 こ、これは……。


 とりあえず口出しはしないでおこうと俺は自らの口を噤む。その後、日向坂さんは縦のラインを動かした。


 横と縦、二つの操作を終えるとあとは自動的にクレーンは下へと降りていき、見事照準を合わせることができていればアームがぬいぐるみを掴むわけだが。


「あっれぇぇえええええ!?」


 ベタな展開である。

 そもそもアームが空振りする前から、こうなることは分かりきっていた。


 練習が足りないとか経験が必要とかのレベルではなく、もはやセンスがないとしか言いようがない。


「……おねーちゃん」


 四歳の子でさえ日向坂さんでは目的を果たせないことを察してしまっている。


 しゅんとするななちゃんと、ムキになり再度コインを投入しようとする日向坂さんを交互に見てから、俺は溜息をついた。


 今日はななちゃんに付き合ってあげる日だからな。


「俺がやるよ」


 日向坂さんの隣に移動して言う。


「え、でも……」


「多分、日向坂さんだと財布の中身をすべて遣い切っても取れないだろうし」


 俺が言うと、日向坂さんは「うう」と小さく唸る。そして、申し訳無さそうにこちらを見上げてきた。


「志摩くんはこういうの得意なの?」


「まあ、日向坂さんよりはマシなんじゃないかな」


「ひどいなあ」


 むっすーっと日向坂さんは不機嫌な様子をあらわにするが、それを横目に俺はコインを投入してボタンを押す。


 横、縦の操作を行い照準を合わせる。多少のズレはあったとしてもぬいぐるみを掴むくらいはできるだろう。


 問題はどこまで動かせるかだが。


「わっ、すごい掴んだ! 見てよ、なな! 掴んだよっ!」


「おにーちゃんすごーい! おねーちゃんよりうまいね!」


 ななちゃん、そういうこと言わなくていいんだよ。

 隣を見てごらん、きっとお姉ちゃんが不満げに頬を膨らませているから。


 なんてことを思いながら、俺は視線を前に向け続ける。


 二人の言うようにクレーンはぬいぐるみを掴み、ゆっくりとそれを持ち上げる。

 しかしやはり、しっかりと掴んでいる感じはなく、ゆらゆらと頼りなさそうにぬいぐるみは揺れている。


 クレーンが最上部まで戻るとガコンと衝撃が起こる。それにより掴んでいたぬいぐるみがこぼれてしまった。


「あっ」


「やー」


 後ろで各々がリアクションを漏らす。


 けれど、日向坂さんのときに比べるとぬいぐるみを掴むという進歩があったためか、後ろから期待の眼差しを向けられている……ような気がする。


 まじまじと背中に視線を感じながら、プレイすること九回。徐々に、徐々にとぬいぐるみは確実に出口へと近づいていた。


 そしてついに。


 十回目のプレイでぬいぐるみをゲットした。あまりの達成感に自分のキャラを忘れ「よっしゃ」と拳を握ってしまった。


「やった!」

「すごーい!」


 と、後ろからは称賛の声とともにパチパチと拍手が送られてくる。そこまでされるのは恥ずかしいのでやめてほしいのだが。


 さっきの自分のガッツポーズといい、恥ずかしくなってきたのでゴホンと咳払いをして気持ちをリセットし、ぬいぐるみを取り出す。


 そして。


「どうぞ」


 それをななちゃんに渡す。


 バーニーのぬいぐるみを受け取ったななちゃんは、それをぎゅうっと抱きしめて、にぱーと笑顔を浮かべて。


「ありがと、おにーちゃん!」


 と、そんなことを言ってくる。一瞬、天界から天使が舞い降りたのかと思いました。


 なんだこの天使、可愛いなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る