第4話 彼女にしたい女子ランキング第一位日向坂陽菜乃③


 中学時代の妄想では今頃友達とか普通にいて楽しい学生生活を過ごしていたはずなんだけどな。


「一人でいて寂しくないの?」


 会話ができると踏んでか、黒髪ボブさんは次の話題を提供してくる。

 まあ、密室で二人きりなのに会話がないまま黙々と作業するのは気まずいしな。


「寂しくないと言えば嘘になるけど、慣れたから別に寂しいって感情もないな」


「へえー、そうなんだ」


「ああ。ただ、楽しそうに談笑してる奴らを見ると死なないかなとか思うことはたまにある」


「嫉妬してるじゃん!」


「だってあいつら俺のような陰キャ属に見せびらかすように話してんだぞ。然るべき報いは受けるべきだ」


「本人たちにそんな気は更々ないと思うよ。風評被害も甚だしいよ」


 どうだろうな。

 だったらもうちょい笑い声のボリュームを落としてほしいもんだが。

 遠慮も配慮もなくガハガハ笑うものだから集中して本も読めねえ。


「彼女とか欲しくないの? それとも、友達はいないけど彼女はいるパターンとか?」


「いると思うか?」


「いないとは言い切れないと思う」


「もちろんいないよ。ちなみに質問にも答えると、欲しいけどできるとは思ってない、だ」


「どうして?」


 会話を続けながら集計を進めていくと、やはり一年生の女子では断トツに日向坂陽菜乃に票が入っている。


 二位と三位が僅差だったりはするけれど、一位との差は歴然だ。


「いや、無理でしょ」


「別に顔は悪くないと思うけどね。イケメンというにはパッとしないけどさ」


 机に身を乗り出して俺の顔を覗き込む。そんな見られたら照れるだろうが。


「イケメンといえば翔真君だよね」


「ああね」


 財津翔真。

 うちのクラスにいるまさしく自他ともに認めるイケメンだ。誰が見ても紛うことなきイケメンだし、本人もそれを自覚した上で振る舞っているのは見てると分かる。

 周りがそこまで気にしているとは思えないが。


 一年生での得票数で言えば女子ならば文句なしの日向坂。男子ならば文句なしの財津ってところだ。


 まあ、女子に比べると男子の票は数人に割れているようだけど。


「財津は彼女とかいるのか?」


 話していると少し思い出したけどこのボブさん、日向坂さんの友達だ。彼女と一緒に財津と仲良く話しているところを見たことがある。


「さあね。そういう話は聞かないけど、知らないところでチュッチュしてるかも」


「なんだそれ。女子的にはやっぱりショックとかあるのか?」


「んー、私は別にないかな。彼女がいても友達との絡みを蔑ろにしないならね」


 あー。

 いるよな。

 彼女できた瞬間に付き合い悪くなるやつ。その上マウント取ってくるから友達やめてやろうかと本気で思う。

 まあ、友達すらいないから杞憂なんだけど。


「そっちこそ好きな人とかいないの?」


「いないな」


「気になる人とかは?」


「いないな」


「聞き甲斐のないヤツだなー」


 そんなこと考えたこともない。

 好きな人ができてもその恋が成就するわけないのだからそもそも人を好きになるべきではない。


「よし!」


 ボブさんがパンと手を叩いて声を出す。どうやら自分の持ち分の集計をすべて終わらせたようだ。


 彼女の終了から数分して、俺もようやくノルマを終える。

 時間にすると一時間も経っていないのでそこまでの面倒事ではなかったな。


 いや、それでもバイト代は請求したいが。


「終わった?」


「ああ」


 俺は自分の集計分をボブさんに渡す。彼女は俺から紙を受け取り、自分の集計と照らし合わせる。


「んんー、やっぱり一年生の女子の一位は断トツで陽菜乃だね」


「でしょうね」


 俺の分の集計でさえ断トツだったのだ。ボブさんの方と合わせればさらに差が開くのは予想できた。


「二位と三位は僅差だね」


「一位が断トツのせいで光栄感が薄れるな」


「十分に光栄なことだよ。私なんてトップ一〇はもちろん、そもそも票すら入ってないんだからさ」


「コメントしづらい話やめて」


 なんて言えばいいんだよ。


「それに、それを言うなら俺だって票入ってないし」


 だから元気だしなよ、というわけではないのだが励ましの言葉なんてこれくらいしか思い浮かばない。


 いや、そもそも落ち込んでないと思うけど。


「ん? いや、意外なことに志摩は一票名前あったよ」


「は?」


 なんですと?


 驚いた俺は短く返す。


 そのリアクションを見てか、ボブさんは劇場版の猫型ロボットのようにあれでもないこれでもないと紙の山から一枚を探す。


「あ、あった。ほら」


 渡された紙を見ると、たしかにそこには『志摩隆之』と俺の名前が書かれていた。

 同姓同名を疑ったけど、ちゃんと一年一組とクラスまで添えられていたので間違いない。


「誰が……」


「んー、残念ながら匿名だから分からないね。でもいいじゃない、この学校には君を彼氏にしたいと思っている女子が少なくとも一人はいるということだよ」


「そんなもの好きがねぇ」


 どこの誰なのだろうか、と俺は分かるはずのない謎を頭の中でぐるぐると回していた。


「幸せそうな顔しやがって」


「そりゃそんな話聞かされれば誰だってこうなるよ」


「硬派気取ってるような態度のくせに意外と俗っぽいね、君」


「硬派気取った覚えはないけども」


 作業が終わったところで片付けを始める。とはいえ散らかした紙などをまとめるだけなのでそこまで時間はかからない。


「さて、雑務も終わらせたことだしさっさと帰りましょうか」


「そうだな。先生に持っていかなきゃいけないんだよな?」


「うん。ぱぱっと済ませよ」


 ということで会議室を出た俺たちは職員室へと向かい、担任に集計を報告する。


 すると担任は「お疲れさん」という一言と共にワンコインをボブさんに渡す。


「好きなもんでも飲め。これくらいしかしてやれんがな」


「いやいや、ありがとーございます。ごちになります」


 ぺこりと頭を下げるボブさんに習い、俺も同じように頭を下げた。

 職員室を後にした俺たちはその足で自販機へと移動する。


 チャリン、と担任から貰ったコインを入れてボブさんはミルクティーを購入した。

 君は? と視線をこちらに向けてきたのでカフェオレを買ってもらう。

 今は脳が甘いものを欲している。


「意外と可愛いもの飲むんだね。硬派気取りだからブラックでも飲むのかと思ったよ」


「だから気取ってないって。今は甘いものが飲みたい気分だったんだ」


 言いながらプルタブを開ける。ぐびっとカフェオレを流し込むと思っていたより甘かった。


「あま」


 そんな感じで、俺たちは飲み物を飲み終えるまで少しの間、雑談を交わした。

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