第3話 彼女にしたい女子ランキング第一位日向坂陽菜乃②


「昨日のね、妹の件なんだけど」


「ああ」


 まあ、日向坂さんと俺の間にある共通の話題というか話しかける理由といえばそれくらいしか思いつかないので、そんなことだろうとは思っていたけど。


「ちゃんと改めてお礼がしたいと思って」


「お礼なら昨日アイスを奢ってもらったけど」


 そもそも別にお礼がほしいとは思っていなかったので、アイスクリームすら一度遠慮はしたのだけど、彼女が強く言うものだからそういうことならと有り難くご馳走になった。


「そ、そうなんだけどぉ」


 俺が言うと、日向坂さんはもどかしそうにもじもじとする。


 どうしたのだろうか。


 俺は少し考える。


 例えば。

 例えばである。


 俺の場合、人助けというのはある種の自己満足であると考えている。

 困っている人を見捨てたくないという自分の信念を守るためにしているわけで、それで結果的に相手が助かっていてもお礼を求めたりはしない。


 それがありがた迷惑なことだと思われていたとしても、俺は構わず助けてしまうだろうから。


 だから。


 助けられた側のことなんて気にもしなかったけれど、あちらはあちらで借りを作りたくないという考えが強くあるのかもしれない。


 日向坂さんの中にもそういう気持ちがあって、よくよく考えるとアイスクリームを奢るだけでは足りていないと思っていたら。


 気が済んでいないのだとすれば。


 それを受け入れるのもまた、助けた俺が負うべき責任というものではなかろうか。


「分かったよ。日向坂さんがそう言うんならなにかしらのお礼を受ける」


 人助けが仮に自己満足だというのであれば、お礼だって似たようなものだろう。

 貰った分をきちんと返さないと自分の中で納得できないのかもしれない。


「ほんと?」


「うん。まあ、なにか貰えるのは悪い話じゃないしね」


「あのね、美味しいケーキが食べれるお店があって。そこのケーキをご馳走しようかなって。甘いものとか嫌いじゃない?」


「普通に好きかな。実を言うとコンビニスイーツ漁りが趣味なんだ」

 

 趣味、というのは冗談だけど、新作なんかが出てるとついつい買ってしまうのは事実だ。


 俺がそう言うと、日向坂さんは安堵の息を漏らす。


「いつがいいかな? わたしは今日でも全然いいんだけど」


 ちら、ちら、と俺の様子を伺いながら尋ねてくる。できることなら今すぐにでもご馳走してほしいところだけど。


「今日は先生に面倒事を押し付け……頼まれてるから厳しいんだ。明日以降ならいつでも暇だから日向坂さんの都合のいいときで大丈夫だよ」


「そ、そう。それじゃあ明日でいい?」


「うん」


 まさかこんな美少女との放課後の予定が入るとは思わなかったな。

 こんなことが他の男子に知れればなにをされるか分からない。


 そうだ。

 口止めしておかないと。


「あの、できればなんだけど」


「ん?」


「このことは他の人には内密にしてほしい」


 俺の言葉をきょとんとした顔で受けた日向坂さんだけど、まあいっかくらいの気持ちなのかすぐににこりと笑ってくれる。


「うん。わかった。ふ、二人だけの秘密だね」


 はにかみながら小さな声を漏らす日向坂さん。


 ああ、たしかにこれは可愛いわけだ。

 もし鳴校生徒ガチャがあれば間違いなく文句なしのURだろうな。転売ヤーが殺到するくらいの音がつくに違いない。


「それじゃあ、俺は行くから」


「あ、うん。呼び止めちゃってごめんね」


 軽く手を上げて、俺は廊下を出る。

 道中、歩く足は自然と弾んでいることに俺はしばらくしてから気がついた。



 *



「遅い」


 言われたとおりに会議室へとやってきたのだが、開口一番そんなことを言われてしまった。


 遅いと言われてもそもそも放課後としか聞いておらず時間指定などされていないので、そう言われる筋合いはないのだけれど、言っても話がこじれるだけなので飲み込む。


「すまん」


 しかし驚いたことにそこにいたのは先生ではなく女子生徒。

 黒髪のボブに黒縁メガネが印象的だ。体は細身でよく言えばスレンダーだが悪く言うならば貧相。どうでもいいな。


 クラスメイトにこんな生徒がいたような気がしないでもないが、さすがに名前までは覚えていない。


 つまり、気まずいというやつだ。


「まあいいけど。さっさと終わらせちゃいましょう」


 机の上にはどさっと無造作に置かれた、数えるのも気が失せるほど紙がある。


 気が遠くなる作業だな。


 世の中あらゆるものが電子化されて便利になっているというのに、どうしてこんなくそ面倒なアナログ作業が未だに存在するんだよ。


 集計システムに金かけたくないならこんな催し開催すんじゃねえ。

 バイト代出てもやりたくないのに、信じられないだろ、これ無償なんだぜ。


 と、文句を言っても仕方ないので俺は女子生徒の向かい側に腰掛け紙を手にする。


 投票用紙には生徒の名前が書かれている。その生徒の名前を別紙に書き写し、正の字でカウントしていく。


 面倒な作業かに思えたけれど、人気の生徒というのはやはり票が集まるものらしく、存外時間はかからなさそうだ。


「やっぱりみんな考えることは同じなのね」


 楽しそうに言葉を漏らす黒髪ボブさん。


 学年ごとにおよそ三から五人の生徒が多くの票を集めている。中にはぶっちぎり一位の人もいるわけで。


 例えば、一年で言えば日向坂とか日向坂とか日向坂とか。


「こういう催しのほとんどは容姿で決まるようなもんだからな」


 無視するのは悪いと思い、俺は思ったことをそのまま口にする。

 すると黒髪ボブさんは驚いたような顔でこちらを見ていた。


「なにか?」


「いや、返事してくれるんだと思って」


「……あ、独り言だったの?」


 だとしたらもうちょいボリューム抑えてほしいところだな。それなら俺も思う存分スルーするのに。


「いや、そういうわけでもないけどさ。志摩って教室でも人と話さないじゃん」


「まあ」


 話さないというか話せないというか。俺の意志でぼっち極めているわけではないんだよなあ。


「クール決め込んだ痛い野郎か、女子と会話できない思春期ちゃんか、どっちかなって思ってたから」


「友達欲しいけどタイミング逃して一人でいる普通のぼっちだよ」


「なんで友達作らなかったの?」


 作業の手は止めずにそのまま雑談が続く。


「さあね。入学当初の俺に訊いてくれ。俺だって問い詰めたい気持ちはあるよ」


 別にもともとコミュ力に長けているタイプの人間ではなかった。

 知らない人に話しかけるほどの勇気は持ち合わせていなくて、もしかしたら誰かが話しかけてくれるかもという淡い期待を抱いていたことも否定しない。


 その結果がこれなんだけど。

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