第2話 彼女にしたい女子ランキング第一位日向坂陽菜乃①
一日というのは挨拶で始まり挨拶で終わるという。
例えば家族であれば「おはよう」で始まり「おやすみ」で終わることがほとんどだと思うけど、それはクラスメイトであっても変わらないと思う。
なんて。
自分で言っておいてなんだけど、だとするならば俺の一日はもはや始まらないまである。
挨拶する相手がいないから。
あー、どこで間違えたんだろ。
と、俺は溜息をつきながら教室に入る。早くに登校しても意味がないので俺は基本的に始業の五分前に到着するように家を出ている。
なので教室に入ったときにはだいたいの生徒が登校を済ましている。朝から部活に勤しむ少年少女でさえ教室にいる。
俺の席はありがたいことに窓際一番後ろの神席。アニメとかで主人公が座る席なのだが、残念なことに俺には主人公たるスペックがない。
自分の席に向かうがてら、ちらと教室の中の生徒の様子を羨望の眼差しで眺める。
仲良さげに雑談に花を咲かせる生徒の中、やはりひときわ存在感を放っていたのは日向坂さんだ。
「えー、そんなことないよー」
「いやいや、絶対ひなが一位だよ!」
話しているのはクラスメイトのなんだっけか、たしか……いや思い出せない。話したこともない女子の名前はさすがに覚えてない。
黒髪のボブ。瞳を覆う黒縁メガネが特徴的な女の子だ。スラッとしたボディラインは日向坂さんと比べると貧相に見える。
まあ、日向坂さんと比べるとほとんどの女子がそう思えてしまうだろうけど。
「ねえ、みんなもそう思うでしょ?」
その女子生徒が一緒にいた男子生徒に尋ねる。
明るめの茶色に染めた短髪の高身長イケメンがそれに答える。
「ああ。日向坂なら一位間違いなしだな」
財津翔真。
男の俺から見てもモテる要素しか持ち合わせていない野郎だ。
爽やかなイメージを演出するセットされた短髪。
誰もを一発で落とすようなイケメンスマイル。
引き締まった体に加えて文句なしの高身長。
口を開けば笑いを起こすユーモアセンス。
なにこいつまじ死ねばいいのに。
「ほんとそれなー!」
坊主頭の男もそれに賛同する。
こいつの名前は知らない。財津の金魚のフンくらいのイメージしかない。それだけでもイメージを持っていることを褒めてほしい。
しかし、なんの話してんだろ。
なんてことを思いながら自分の席に座る。チャイムが鳴るまであと数分か。
ラノベを開くほどの時間はないのでスマホを手にしてツイッターを巡回する。
ああ、俺もいつか友達と他愛無い雑談をしながら先生の到着を待つような朝を過ごすことができるのだろうか。
今やこのクラスではすみっコぐらしの志摩くんというイメージが定着してしまっているので厳しいかも。
頑張って話しかけようものなら、きっと「え、こいつ急に頑張って話しかけてきたじゃん。今さら友達作ろうとしてんの?」とか思われるに決まっている。
そうなれば間違いなく影で笑い者にされてしまう。なにそれもう有名人じゃん。
と、この先の不安な未来を思い描いているとチャイムが鳴る。先生が到着する前に自分の席に戻っていくお利口さんしかいないのはうちのクラスのいいところなのかな。
ぞろぞろと移動が始まった。
そのときだ。
「おはよう、志摩くん」
声をかけられた。
このクラスに志摩は俺一人しかいないので勘違いということはない。あるとすれば聞き間違いだけどやはりそれはないだろう。
だって、その子は俺の席の隣に来てわざわざ声をかけてきたのだから。
「お、おはよう」
まさか声をかけられるとは思ってもいなかったので少し動揺した声になってしまった。
俺の挨拶が返ってきたことで満足したらしい日向坂陽菜乃はにこりと微笑みかけてから自分の席へ戻っていった。
「……」
一体、どういう心境の変化だろうか。
まあ、思いつくのは昨日の出来事くらいだけど。
妹を助けてもらった恩を感じているのかな。
そんなつもりはなかったけど、あれのおかげで日向坂さんと挨拶を交わせたのであればやってよかったかな。
なんて、そんなことを思う朝の出来事だった。
*
放課後。
部活に入っているわけでもなく、寄り道する友達もいない俺はいつもならすぐに帰宅するところだが、今日は残念ながら仕事を与えられていた。
先日行われた文化祭での催しで『鳴木高校彼氏or彼女にしたい生徒ランキング』というものがあった。
くだらない催しだとは思うが、事実多くの投票を得ているところみんな好きなのだろう。
そして、文化祭実行委員で部活などのない暇を持て余した俺はその投票の集計係に任命されてしまったのだ。
拒否権を発動してみたが、あちらにも拒否権を発動されてしまった。そうなると権力に屈さざるを得ないのが子供という立場の辛いところだ。
そんなわけで、帰りのホームルームを終えた俺は帰り支度もほどほどに立ち上がり、言われていた教室へ向かおうとした。
ところ。
「あの、志摩くん」
声をかけられた。
放課後に俺が声をかけられるタイミングなんて掃除当番を代わってくれと脅迫されるときくらいだから驚いた。
「はい?」
振り返るとそこにいたのは日向坂さんだった。
他に生徒はいない。
どこか緊張した顔つきでいるのだが、一体どういう心境なのだろうか。
「あ、あのね、今ちょっと大丈夫?」
「まあ、ちょっとなら」
顔だけを向けていたが、俺は改めて体の向きを変える。
今日はよく日向坂さんに声をかけられる日だなあ、なんてのんきなことを考えながら彼女の言葉を待つ。
その間にも周りのクラスメイトはぞろぞろと教室を出て行くなり、駄弁るなりしており、時折なんであいつが日向坂さんと? みたいな視線を向けられる。
あんまり注目されたくないから要件はさっさと済ませてほしいのだが。
「……」
しかし中々口を開かない。
なんだこの焦らしプレイ。
というのは冗談で、俺が困っているのを見て楽しんでいる様子はない。
考えを上手く言葉にできないでいるのか、それともなにか言いづらいことなのか、とにかくもどかしい感情が顔に浮かんでいる。
「あの」
待っていると日が暮れそうなので声をかけることにした。
遅れて先生に怒られるのはごめんだしな。
「ご、ごめんね。あのね、えっとね」
そして、日向坂さんは意を決して口を開いた。
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