第13話 アイオライトの苦労
「これより『第二王子の処分方法』について募集する会議を始める」
「私は去勢をしてから刺殺がいいと思います。」
物騒なことを言うトパーズの発言に間髪入れずに、提案をするカモミール。
「二人とも落ち着いてください。何をどうしたらそんな恐ろしい会議を始めることになるんですか。俺はそんな会議には参加しませんよ」
鍛錬の途中に主人から呼び戻されたのたので、緊急事態かと慌てて戻ったらあの発言である。アイオライトは深くため息をついた。
「何があったんです? 王子がまたお嬢様に無礼なことをしたんですか?それにしてはお嬢様はお茶の後ご機嫌に見えましたが」
椅子を引きながらアイオライトは軽い調子で尋ねた。プルメリアに関することになると二人揃って様子がおかしくなるのはいつものことだが、王族の暗殺を企てるとはなかなか珍しい状況なのだ。新たに仲間になった斧がすぐに活躍するような事態はできるだけ避けたい。
「実はな、ライト。あの馬鹿王子はプルメリアと友人になったそうだ。許し難い、あの子は純粋だから騙されているに違いない」
腕を組みながら真剣な声でトパーズは言った。暗い地下室や狭い書斎ならば大層様になっただろうが、残念なことにここは食堂である。日当たりがよく開放的なこの空間で王族の暗殺計画もどきを立てようとしている。内容と空間のミスマッチさにアイオライトの腹筋は限界だった。そして疑問に思ったことを一つ聞いてみる。
「それほど嫌ならお嬢様に友人をやめるように言われればいいのでは? 王子殿下から言い始めたことなんでしょう?」
アイオライトは斧を磨きたい欲求をなんとか堪えながら尋ねた。彼の知るトパーズは身内以外には容赦のない人物だ。高位貴族であろうと王族であろうと圧力をかけることに躊躇うような性格ではない。ついにこの暴君が我慢を覚えたのかもしれない。共に育った乳兄弟の成長にアイオライトは感動していた。
「プルメリアから言い始めたんだ……」
そう告げるトパーズの顔色は酷く悪かった。ここまで落ち込んでいるトパーズを見るのはアイリスに告白したが玉砕してしまった時以来である。役に立たなくなった己の主人を放ってカモミールに話してもらうことにした。
「プルメリアお嬢様から言い始めことなのですよ。元々友人になって欲しいと言われらっしゃたのですが面倒だと断られまして」
すごいなお嬢様。いくら面倒とはいえ、王族の頼みをそんな軽く一蹴したんだ。
「それでどうしてお嬢様から友人になろうと王子に言うことになったんです?」
アイオライトの知るプルメリアは母であるアイリスと同じく、神秘的な外見に似合わないかなりの頑固者である。一度決めたことを覆すような真似はしない。よっぽどの人たらしだったのだろうか。
「王子殿下は瞳による差別はおかしいと感じられているようです。あと姉である王女殿下を気にしているようで」
それは妙だ。王族は徹底して瞳の差別教育を行ってきた。王子はまだ幼いのだから、毒された教育に染まりやすいはずだ。教育係も側近も国王派の人間であるし、メイドらも同様だ。あまりにもおかしい。
「あの王子の側近はあの辺境伯の息子だぞ。どう考えても裏があるようにしか思えないだろう。だが、メリアが信じたいならこちらから口出しなど到底できない」
王子の側近はあの王族への忠誠心がすごいでお馴染みのタシュ辺境伯の息子である。現在辺境伯の地位にある三つの家門の中でも上昇志向が特に高い一族だ。これでは王子が側近に指示されるがままに動く傀儡になる可能性も考える必要が生まれてくる。裏があるように感じてしまうのも無理ないだろう。
だが、お嬢様への愛が重い二人は初めてできた友人に喜ぶ気持ちに水を差すような行為ができずに悩んでいるようだ。決して二人の暴走癖がおさまったわけではないのを知って、アイオライトはまた一つため息をついた。
「アイリス様やニュアージュ家はどのように考えられているのですか?」
王子の身辺調査は確かアイリスが引き受けていたはずである。だがここで主人の地雷を盛大に踏んでしまったようだ。
「アリスは忙しいらしくて、しばらく帰ってきていない」
不機嫌な声で返されてしまった。長期の任務が終わって屋敷で家族とのんびり過ごそうとしていたのに、王子の騒動で計画は頓挫してしまったトパーズはかなり苛立っていた。
戦場で今から人を斬る時と同じ殺気だった目でトパーズは二人を睨みつけた。あまりの殺気に反射的にアイオライトは斧を、カモミールは愛用の短剣に手をかける。
食事を楽しむ場であるはずの食堂ににつかない殺伐とした空間が出来上がってしまった。この空間に入りたがる酔狂な人間などいないだろうな、とアイオライトは思う。少なくとも自分なら用があっても入らない。新しい斧が手に入るなら検討しなくもないが。
「あら、みんな揃ってどうしたの? 朝礼でもしていたの?」
戦場といっても過言でない空間にアイリスはまるで親しい友人に会うかのように、軽やかな足取りで入ってきた。豪華なドレスに身を包み、酒で酔ったせいかほんのり色づいた頬は婀娜っぽい。存分に夜会を楽しんできたようだ。
同時に刺々しい空気は柔らかな空気に書き換えられた。流石奥様と呟くカモミールにアイオライトは全力で同意した。
「トパーズ、お顔が怖いわ。メリア関係で集まって相談していたの?」
ぽわぽわしているようで彼女は酔っていても頭の回転は早い方だ。優れた観察眼でコミュニケーションを円滑に進めるため、友人や知人が多い。そして彼女は美貌と地位を存分に活かして様々な情報を集めてることに長けていた。
「夜会をたくさん回っていくつか面白い情報を手に入れたわよ。君たちも驚くのではなくて?」
よほど面白い人物か情報に出会えたのだろう。ご機嫌なアイリスはそのままトパーズの頬に軽く口付けた。トパーズの険しかった顔が嘘のように溶けて、破顔した。誰が今のトパーズを見て歩く魔炎と呼ばれている男だと思うだろう。消えかけの蝋燭の火が関の山だ。風前の灯などと考えていると、流石にバレたのかひと睨みされたがお小言は言われなかった。アイオライトは深くアイリスに感謝した。
「今すぐ話してもいいけれど、私も着替えたいしミールもメリアを起こしにいく時間でしょう。ライトも斧の手入れがしたくてたまらないようだし、朝食のあと話すことにしましょう」
アイリスはそう言ってトパーズに肩を抱かれながら食堂を出て行った。カモミールも慌ててプルメリアの寝室へ向かっていった。一人残されたアイオライトは斧を磨きに自室に戻ることにした。
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