第12話 side???〜彼女の幸せを心から祈っている〜

 寒さで目が覚めた。見慣れた暗い天井。わらを集め上に布をかけただけのベッドと呼ぶには粗末なモノ。立て付けの悪い塗装の剥がれたドア。見覚えしかない己の部屋に死ななかったのかと慌てて足の鎖を確認したが何もついていない。ベッドから降りると不思議なほど低い目線に小さな手足。まるで時が戻ったかのようだった。不気味なほど静かで慣れ親しんだ空間。僅かな温もりも感じないので、おそらく乳母たちは出て行ったのだろう。どれほど時を遡ったのだろうか。

 食事をしようと食堂へ向かうと小さな机の上に乳母からの手紙が置いてあった。手紙の内容は既に知っている。誕生日の祝いの文言に出ていくことへの謝罪、そして手紙は燃やすようにと書かれたシンプルなものだ。前回では一人になった悲しみで泣いた記憶があるが今世では特に何も思わなかった。たくさん苦労をかけたのに、何も恩返しできなかったことだけがただ悔しかった。

 

 

 二度目の人生が始まってから私は蔵に閉じ籠り、本を読むことが多くなった。一度目の人生のおかげで効率的に家事をこなせるようになり、心に余裕ができたのだ。無駄に多くて古い本を読むのはなかなかに楽しかった。

 もちろん嫌がらせもたくさん受けた。その度に薬草辞典を読み漁り、こっそり軟膏を作ってみたりもした。傷の治りが早いと怪しまれるのでほんの少しずつしか使えなかったが、実用しても問題ないレベルのものが作れた時はなかなか嬉しかった。

 そしてプルメリア嬢に本来出会うはずだった日。私は出会わないように全力で外に出ることを拒否した。急に反抗的な態度をとったためにメイドには蹴られ、騎士には殴り飛ばされた。骨が折れ一週間以上熱に苦しめられたが、命が助かるなら安いものだ。また読書を楽しむ日々を送っていたのだが、一度目の人生が終わったであろう日から、三年以上の月日が経っていたので私は完全に油断していた。ある晩酔っ払った騎士が部屋に押し入ってきてそのまま剣で切られて死んでしまった。


 

 三度目の人生が始まった。前回の人生は勿体無い死に方をしてしまったので、今回の人生ではいくつか決め事を作った。

 まず、プルメリア嬢には絶対に会わないこと。会ってしまうと確実に死んでしまう。これまでの人生と同様に彼女の幸せを密かに祈るだけに決めた。

 次に、あの騎士を離れに入れないように気をつけることだ。死んだのはは暖かい日のような記憶があったので、寒い日以外ベッドではない所で寝ることにした。

 この二つを厳守した結果、私は今までで一番長生きすることに成功していた。だがある日斧を持った人物がやって来て首を落とされて死んだ。

 

 

 四度目の人生が始まった。正直に言えば、前回の人生ではなぜ殺されたのかは分からなかった。藍色の瞳をしていたので瞳を重視している我が家の騎士ではなかったのだろう。我が家が何か恨みでもかっていたのかもしれない。

 今回の人生では廃れてしまった魔術について学ぶことにした。実用的なものではないことも知っていたが、この不思議な現象を解決するためには非現実的なものに縋ってみるのも良いかもしれない。

 大きな蔵の一番奥に仕舞われていた古書を読み漁り古代文字を独学で習得した。そして王国の歴史や魔力の扱い方の知識をひたすらに蓄えこんだ。幸いにも魔術も魔法も使う才能はあったらしく、箒に文字を刻み込んで掃除を勝手にさせたりして生活に魔術を組みあわせながらも、定期的に折檻を受ける日々を送っていた。

 ある日プルメリア嬢が第二王子と婚約したことを風の噂で知った。第二王子は珍しい赤の瞳を持っているらしい。なんでも国王が王子のために開いた集まりで、彼女に一目惚れをした王子が公爵家に頼み込んで婚約が決まったそうだ。 彼女と出会った日は集まりから帰る途中だったのだろう。彼女は瞳の差別をしない珍しい貴族だったので、きっと差別の激しい王家では苦労するのだろうなと骨が折れたことで出た高熱に苦しみながらもそう思った。

 彼女が婚約してから十年が経ったある日、彼女が死んだことを知った。アカデミーで幸せな学生生活を送っていると信じていたのに。不幸な知らせを聞いてすぐ、斧を持った騎士がやってきてまた殺された。

 

 

 五度目の人生が始まった。二度私を殺しに来た人物について考えてみた。父親が俺を処分するために暗殺者を雇った可能性も考えたが、世間的には私は存在しないことになっているはずだ。暗殺者など雇わなくても離れに火を放つなり、食事を与えずに鎖に繋いでおけば確実に死ぬのだ。父親による暗殺者の線は消えたと言ってもいいだろう。謎の人物の正体はわからずじまいだった。

 今回の人生は前回の人生で読みきれなかった書物を読むことにした。数年経ったある日私は興味深い書物を見つけた。美しい石が埋め込まれた装丁の美しい本であった。石がはめ込まれた豪華な書物はかなり珍しい。蔵にあるものはどれもタイトルが掠れ、中には本の形をとらず巻物に近いものもあったぐらいなのだ。好奇心で中身を見てみると誰かの日記のようだった。恋人との幸せな日々をかき起こしたようだ。平和な内容だがそれがひどく新鮮でのんびりと読み進めていた。

 彼女は恋人とは幼馴染で、十五の時に付き合い始めた。共に出かけたりお互いの家に泊まったりと、幸せな日々を過ごしていたそうだ。だが恋人が大怪我を負って帰らぬ人になってしまった。彼女は村の長老にお願いして時を戻す術を教えてもらい、怪我を防いで彼と今は幸せに過ごしていると締め括られて文章は終わっていた。続きを探してページをめくると、一番最後のページに時を戻す方法を書き戒めとすると記されていた。

 最後のページにはこのようにあった。

 『時を戻すのに必要なものは愛情と魔力』とのみ記されていた。

 私は一つ仮説を立てた。死ぬ間際にはいつもプルメリア嬢の幸せを願っていた。私が何度も人生を繰り返すのは彼女が幸せに生きれなかったためではないか。私はかなり魔力を持っているようだから、時を戻すのに必要な条件は全て揃っている。私は私の力で人生をやり直している可能性が出てきた。

 次に問題となるのは私が後何回人生をやり直せるかだ。いくら魔力が豊富でも己の体は栄養失調で発育が不十分。今回の人生で終わりならば速やかにプルメリア嬢を幸せにしなくてはならない。彼女の死因はなんだったのだろう?  こっそりと離れを抜け出しては魔法で姿を消してさまざまな場所を巡り、噂話に耳を傾けた。彼女にまつわる些細な話を聞いては過去の人生の記憶と照合させていって、リアルタイムで情報を追えるようになった。

 斧を持った人物に殺される予定の前日、彼女は婚約者である王子の側近に殺されたことがわかった。アカデミーに行ってから、王子は同級生の女子生徒と親しくしており公衆の面前でプルメリア嬢との婚約を破棄したそうだ。彼女はその女子生徒に嫌がらせをした悪役令嬢だと汚名を着せられしまった。否定するために王子に近づこうとしたところを刺されたそうだ。なんとも惨い死に方だった。

 次の日部屋にいるといつもの処刑人がやってきた。きっと彼は公爵家の騎士だ。公爵家によってあらゆる高位な者たちは殺され、この国は滅びていくのだろう。

 

 六度目の人生が始まった。今回私がすべきなのは彼女をアカデミーで殺されないようにすることだ。情報ももっているし、魔法も魔術を扱える。勘でしかないが、今回の人生が最後な気がする。全力でプルメリア嬢を守り抜くと改めて決意を固めた。

 

 そして私が向かったのは——

 

 

 

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