第11話 side???〜在りし日の記憶〜
藍や紫が不吉だと言われるこの世界で私は不気味な色をもって生まれた。父親も母親も気味悪がって生まれてすぐに離れに私を閉じ込めた。五歳ぐらいまでわずかにいた使用人もある程度自分で身の回りのことができるようになると全員解雇されてしまった。たまに本邸からやってくる使用人は、父親の慈悲深さに感謝するように言いながら布や最低限の食料を置いていく。
「お父上様は高貴なものとして素晴らしい振る舞いをされるのですよ」
緑の瞳のメイドは偉そうに言った。実の子供にこの仕打ちをする人間のどこが素晴らしいんだ。
「不気味な瞳。王国で尊敬されるあのお方が慈悲深いから生きることが許されているだけなのに」
吐き捨てるように青の瞳の騎士が言った。
「お前など私の子供ではない。我が子は新たに生まれてきた子、祝福の瞳を持つあの子だけだ」とオレンジの瞳の母は言った。
私は分からなかった。不気味だ不吉だと言うならば早く捨てればいいのにどうして生かすのか。優しい乳母の姿が離れから消えた寒い冬の日——私が五歳になった朝、心の底からそう思った。私を捨てて自分が呪われることを父親が恐れているのを知ったのはそれからしばらくしてからだった。
嫌がらせはどんどんエスカレートしていき鞭で背中を叩かれたり、蹴られたりは当たり前、次第に数少ない家具を壊されるようになっていった。その度に謝罪をしてメイドらが出ていくまで心を殺して耐える日常を送っていた。
七歳をすぎると、嫌がらせの一環として様々な服を着させられるようになった。侍従の制服や派手な色のドレスを着ては離れの外を歩くように命じられるようになったのだ。悔しくはあったが離れから出る解放感は嫌いではなかった。
あるよく晴れた日——私は侍従の服を着せられてメイド二人と歩いていた。そこで私は珍しい光景を目にすることとなる。メイド服を着た紫の瞳の少女が立っていたのだ。《 》我が家で目にすることなど普通はできないであろう人物。当然後ろのメイドたちが苦情を言おうと少女に近づいた。
「そこの醜いお前、ここがどこなのか分かっているの?」
「不吉な瞳のお前が入っていい場所ではないのよ」
見苦しいと思った。その言葉を言うお前らの方がずっと醜い。自分よりも幼く見える少女は怯む様子もなく、涼しい顔で言った。
「私はただ主人を待っているだけです。また主人と共に許可を得て入ってきておりますので、あなた方に言われましてもどうしようもできません」
表情一つ変えることなく二人に彼女は言い放った。まだ十にも満たないであろう少女が。私はその少女を雇っている主が気になった。身分だけは無駄に高い家なので訪ねてきた少女の雇い主も高位貴族なのだろう。随分と酔狂な人物に違いない。
少女の態度に激昂したメイドが少女に掴みかかろうとしたとき、凛とした声が響いた。
「私の大切なメイドに何しようとしていらっしゃるの?」
そこには美しい少女が立っていた。美しい蜂蜜色の瞳を持つ少女。自分よりもずっと幼い彼女があのメイドの主人のようだ。彼女はメイドをすぐ後ろに庇うと労わるように優しく手を撫でた。一連の動作で彼女のメイドへの愛情を感じて少し羨ましくなった。なんて素敵な令嬢なんだろう、私もあのお方のそばで働けたらどんなに幸せだろうか——
いつの間にか彼女の後ろには護衛らしき、数人の騎士らが立っていた。
「私の名はプルメリア・アルクですわ。何か問題があられるのでしたら、そちらから我が家にご連絡くださいませ」
彼女が堂々と言い放つとメイド二人は震えながら膝をついた。無駄にプライドの高いはずなのに泣きながら許しを乞うている。初めてみる光景に呆然としているといつの間にか二人は騎士に連れていかれたのか、目の前から消えていた。
私は慌てて膝をついた。高位貴族であろう令嬢に挨拶もせずに突っ立ていることなど許されないのだ。だが令嬢は優しかった。
髪色を見せないために灰をかぶらされ、目の色が分からないように長く伸ばされた前髪。ボロボロの侍従服を着た己は客観的に見てもかなり不潔だと思う。
だが、彼女は美しいドレスが汚れることを躊躇わずに同じように膝をついて俺を立ち上がらせ、ハンカチを差し出した。
「よろしければ使ってくださいませ」
そう言う彼女の声が信じられないほど優しくて、近くで見る彼女は美しくて、久しぶりに優しくされたのがむず痒くて私はその場から逃げた。
離れに帰ってすぐ、彼女のことを知りたくて倉庫に積み上げられた本を漁り、アルク家は王国唯一の公爵家であることと、プルメリアは花の名前であることを知った。今までで一番幸せな夜を過ごすことができた。
翌朝、久しぶりにみる父親に蹴られて目覚めた。なんでもあの二人のメイドが私がわざと離れを出てたのだと告げ口をしたらしい。よりによって公爵令嬢に不吉な私がみられたことで激怒していた。
それから私は鎖で繋がれた生活を送ることになった。「お前を生かしておいたのが間違いだった」と父親に何度も言われた。ほとんど食事を与えられず弱りきった体に冬の寒さは随分とこたえたらしい。薄れゆく意識の中でプルメリア嬢の幸せを祈って私は死んだ。
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