第10話 天国でのお茶会
花が咲き誇る美しい庭園。あたたかい日の光。テーブルの上に所狭しと並べべられている菓子たち。天国かのような空間に俺はいた。
公爵家から手紙が届いたあの日。俺はトマと共に使者の待つ部屋に処刑覚悟で入った。部屋にいたのは癖のある濃い茶色の髪に深い青色の瞳を持つ柔らかい雰囲気を纏うイケメンだった。とても血塗れの死刑執行人などという厨二病じみたあだ名を付けられているとは思えない。剣よりも羽ペンの方が似合いそうな、儚い容姿の人物だった。
「王子殿下にお目にかかります。アルク公爵家から使者として参りました。アイオライト・ビュシュロンと申します。プルメリアお嬢様からの手紙をお預かりしております」
椅子からサッと立ち上がり、容姿によく似合う優しい声で彼は挨拶をしてきた。令嬢からの手紙を持ってきたのならば、処刑されることもないだろう。俺はトマと顔を見合わせ頷き手紙を受け取った。
「令嬢からの手紙は第二王子フラム・ド・ソレイユが受け取った。ご苦労だった」
フラムは今度こそ王子として正しく振る舞った。話し方も態度も王族として文句のつけようがない。そう彼は決してマナーが身についていないわけではないのだ。ただプルメリアを前にすると前世の感覚に戻ってしまうだけである。その結果として公爵家ではポンコツの評価がつけられてしまっているのも事実だが。
失礼しますと言って、アイオライト卿は素早く部屋から出ていった。急ぎの予定でもあるかの様にも見えたので、引き止めずに見送った。
振り返るとペーパーナイフを持ったトマが立っていた。緑の瞳から早く開けろとの圧を感じたので慌ててナイフを受け取り、封を切る。
公爵家の紋章が押された封筒。真っ白な便箋には流麗な文字で『お返事が遅くなってしまいごめんなさい。ご連絡していただいたら、また王宮まで参ります』と書いてあった。また次に会ってくれる可能性がある。フラムの心は成層圏まで舞い上がった。
「トマ、すぐに手紙に返事を書くぞ。早く書斎に戻ろう」
トルマリンは喜んでいる主人を見てホッとしていた。なんとか自分の首が守られたことをまた最近祈る回数の増えた竜に感謝した。
書斎で手紙の内容をトマと相談し、明日の朝公爵家に持っていく使者を決めた後、俺は気になっていたことをトマに聞くことにした。
「トマ、使者のアイオライト卿はすごく優しそうだったけどなんで血濡れの死刑執行人と呼ばれているの?とても剣を振るいそうな容貌じゃなかったけど。もっと筋骨隆々な人を想像していたんだけど」
トマの答えに俺は質問したことを心の底から後悔した。
「アイオライト卿は公爵の乳兄弟です。儚い雰囲気のお方ですが、剣ではなく斧を振るわれるそうです。それも手斧のようなものではなく背丈より大きい斧を使われるらしいです。戦場では人が変わったかのように大斧を振るいながら、戦われるそうですよ」
斧——武器としては珍しいかもしれないけれどそこまですごいとは俺は思えなかった。
「背丈より大きな斧を振るうのは確かに難しそうだとは思うけれど、そんなにすごいことなの?」
「斧は剣と違って小回りがききません。振り回すにはかなりの筋力と体幹のトレーニングが必須です。そもそも斧はあくまで道具の一種です。一発でも当てればかなりのダメージを与えられるものではありますが、相手の攻撃を受けるのには向いていない。つまり彼は敵の攻撃を避けつつ重い斧で確実に敵を仕留める必要があるのですよ。
戦場で彼は多くの敵の首を一撃で落としたそうですよ。返り血で真っ赤に染まりながらも斧を躊躇うことなく振るう姿から仲間の騎士たちが血濡れの死刑執行人と呼び初め、そこから通り名になったそうですよ」
公爵家ってこわい——
「殿下どうされました?先ほどまで、ほけほけ幸せそうに笑ってらっしゃったのにいきなり真顔になられてましたが、情緒狂ってらっしゃいます?」
心外だ。確かにプルメリアに会えるので浮かれていたのは認めるがほけほけとは失礼な。そもそも、ほけほけってなんだ……
「それにしてもご令嬢はまだですかね。そろそろ二十分経ちますが」
そうあれから手紙で何度かやりとりをし、今日公爵邸で共にお茶をすることになったのだが主役がまだ来ない……
「失礼します。あと数分もすればプルメリアお嬢様が参られます。王子殿下をお待たせしてしまい申し訳ありません」
突然現れた人に驚いて肩がはねる。気配なくやってきたそのメイドはトマと同じくらいの年齢に見える綺麗な少女だった。薄灰色の髪に紫の瞳。そしてプルメリアに負けず劣らずの無表情である。プルメリアの年齢に近そうだし彼女付きのメイドなのだろうか。用件を言い終わると彼女は頭を下げ、去っていった。
「珍しいですね。紫色の瞳を持つ人物が貴族の邸宅で働くことは難しいんですよ。特に高位貴族の屋敷では彼らは忌避される傾向が強いんです」
思い返してみると、王宮で働いているメイドの瞳の色はほとんどが緑と青、たまにオレンジの瞳をもつ者がいた印象だ。初めて見た紫の瞳はなぜさける人が多いのか理解できないほど美しかった。トマは言葉を続けた。
「先ほどの気配の消し方からも彼女は只者ではないのには、違いありません。かなり鍛えた騎士の域でしたよ」
トルマリンは感心していた。とても十歳ほどの少女が出せる空気ではなかったからだ。アイオライトしかり先ほどの少女しかり公爵家には規格外の人物が多いようだ。
「どうして貴族は彼ら紫の瞳を忌避す——」
フラムの言葉はその場にプルメリアがやってきたことで途切れた。
淡いピンクのドレスを纏ってやってきた彼女は美しかった。日の光を浴びて美しく輝く白い髪は緩く巻かれていて、煌めく蜂蜜色の瞳を引き立たせていた。やっぱり彼女は主人公に間違いないと俺は確信した。
「お目にかかれて光栄です、王子殿下。遅れてしまい申し訳ありません」
彼女はしっかりと目を見てこちらに謝罪してきた。惚けていたらしく、トルマリンに脇腹を突かれて慌ててフラムは口を開いた。
「いえ、またお会いできて嬉しいです。できれば敬語は使わないで話して欲しいんだけど」
斜め後ろのトマが驚いてる気配を感じるが、無視だ。俺はなんとしても彼女の幼馴染ポジションにおさまりたい。彼女はほんの少し驚いた表情をして、申し訳ありませんと言った。立場上仕方がないし、無茶を言ってしまって申し訳なく思った。
彼女は口を開く気配がないので俺から話しかけることにする。
「ええと、同い年の人とあまり話す機会がなかったから、どう話したらいいのか分からないのだけど質問とかしてもいい?」
「私が答えられる範囲であれば構いません、殿下」
彼女の答えを信じて俺は気になっていたことを聞いてみる。
「先ほどきたメイドは君の従者かい?珍しい瞳の色をしていて驚いたんだけど、名前を聞いても大丈夫?」
彼女は少し険しい顔をして俺の質問に答えてくれた。
「彼女の名前はカモミールです。お父様が私が四歳の時にここへ連れてきたのが初めての出会いです。優秀で自慢の私の侍女ですわ」
プルメリアは堂々と言い放った。俺は気を悪くさせたかもしれないと思い慌てて話を続けた。
「そっか、素敵な名前だね。カモミールって素敵な名前だよね。彼女の身のこなしが只者じゃないってトマ、あ、俺の侍従が言ってたから気になちゃって。気を悪くしたらごめん」
フラムの言葉にプルメリアの強張っていた表情が柔らかくなった。
「申し訳ありません、王子殿下。カモミールの存在を嫌っておいでなのかと思っておりました。瞳による差別は深刻ですから。」
トルマリンは彼女の言葉に驚いていた。辺境伯である父も君主である国王も、瞳へのこだわりが酷かったからだ。自分よりも劣っている兄が橙の瞳を持っているだけで時期当主に決まった時にソレがいかに愚かなことかを体感した。緑の瞳を持つ平凡な自分は王への忠誠の証として捧げられたのだと理解していた。そして時期国王である王子の侍従として働き、家門のさらなる繁栄の足がかりとしてしか期待されていないのも気づいていた。トルマリンは間違いなくどの兄弟よりも優秀だった。
王宮でも何度も差別を目の当たりにしてきた。紫がかった青色の瞳を持つ女性に暴言を吐く貴族。幽閉されているらしい王女。生まれた娘が不吉だと孤児院に捨てたと笑いながら話す高位貴族。トルマリンは貴族たちにすっかり嫌気がさしてしまっていた。
「私は瞳による差別は愚かなことだと思っています。カモミールも騎士にならないかと誘われているぐらい優秀ですし、父の側近のアイオライトも藍色の瞳ですが強い騎士です。私は外見よりも内面の方が重視されるべきだと思っています。もちろんこの考えが異端であることも重々承知しております」
その考えに俺は激しく同意した。前世でも出身地や肌の色、文化などによる差別は存在していたように思う。容姿で差別するなど許し難い行為だ。俺はそのままの気持ちをプルメリアに伝えることにした。
「僕は君の考えがおかしいとは思わない。最近恥ずかしながら姉上が父上の命令で軟禁されていることを知ったんだ。瞳の色が不気味だと言って。僕は瞳の色が不吉などと言って、非人道的な行いをすることは許されるべきではないと考えている」
プルメリアは驚いた。公爵邸に仕える者たちの間では瞳の色による差別は行われていない。これは当主である父が「何色であろうと、有能であればよし」を合言葉にして領地運営をしているからだ。社交界で活躍する母によると貴族間での差別は酷いものだと聞かされていた。
現国王はかなり酷い差別をしていることは有名だ。だから、王子も程度に差があれど差別主義者かと思っていたが、想定外の反応をしたのでたまげてしまった。
「王子殿下、もしよろしければ私とお友達になっていただけませんか」
プルメリアにそう言われて俺は驚いた。いくら彼女と同じ思想を持っていても、無礼なことをたくさんしたのでもう見放されたのかと思っていたのに、まさかの申し出。俺は喜んで答えた。
「ぜひ、よろしくお願いします」
彼女はほんのりと笑ってくれた。こうして俺は主人公の友人となった。
ちなみに敬語はやめるように頼んでみたが、私のポリシーですので、と断られた。
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