第9話 なんとか今日も息をしている

 やってしまった——人生終わった。

 こんにちは、トマに注意するように言われていたのにも関わらず、公爵令嬢に粗相をしてしまった馬鹿です。父親と共に会った少女があまりにも可愛らしかったのだ。

 母親と共に謁見の間に入ってきた彼女は、トマが言っていた以上に美しかった。とても美しい令嬢なんて言葉じゃ足りない。この時点で俺の頭はほとんど機能していなかった。

 癖のない白色の髪は見事に輝き、日の光は彼女自身を輝かせるためだけに存在してるかのような錯覚に陥った。陶器のように真っ白な肌。華奢な体。一際存在感を放つのは美しい黄色の瞳。まるで光の化身のように見えた。

 挨拶のために母親と共に頭を下げる彼女。真っ直ぐな髪が垂れる姿も美しくて目が離せなかった。

 「頭を上げよ」促す父親の声に思わず叫びそうになった。まだ心の準備ができていない。あと最低でも一時間は待ってほしい。だが心の叫びが届くわけもなく、二人が顔を上げた。

 こちらを見る美しい瞳。黄色かと思っていた彼女の目の色は美しい蜂蜜の色をしていた。前世で見たような濃い色ではない。今世で見た、ヨーグルトにおしゃれにかけられていたものだ。レモンの花の蜜で作られたらしいそれは、色が薄くキラキラと輝いていたので驚いた記憶がある。光に愛された少女はじっとこちらを見ていた。

 

 「国王陛下並びに王子殿下にお目にかかります。この度はご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。」

 公爵夫人が挨拶を始めた。亜麻色の髪に青の瞳の美しい女性だ。プルメリアとそっくりで美形の遺伝子の強さに感動している間に、話はどんどんと進んでいく。

 王妃の体調の心配や、公爵が共に来れない詫びを話したのちついに夫人は少女に挨拶するように促した。やっと声が聞ける。彼女の言葉を聞き逃さないようにこれまで以上にしっかりと見つめた。

 「お初にお目にかかります、国王陛下、王子殿下。アルク公爵家が長女プルメリア・アルクと申します。先日は集まりに参加できず、申し訳ありませんでした。」

 透き通るような美しい声だった。決して大きな声ではないのに、彼女の声は広間によく響いた。

 俺は確信した。整った容姿に凛とした声、名家の令嬢。何よりこの胸の高鳴り。彼女こそがこの世界の主人公なのだ。

 主人公なら何かのトラブルに巻き込まれることは必須だろう。いったい彼女の身に何が降りかかるのだろうか。櫻に勧められた作品を思い出してみる。

 まずチート転生主人公が無双するもの。転生したのは俺だからこの線はないだろう。彼女はあまり人に興味がなさそうだから流行っていたらしい悪役令嬢の可能性も排除できる。ここがファンタジーな世界のことを考慮すると、彼女は国が滅びそうな時に助けてくれる最強キャラクターなのでは……?

 つまり俺がするべきことは彼女がトラブルに巻き込まれて傷ついたり、あまつさえ死んだりしないしないように全力で守ることだ。モブにしては若干権力がありすぎるかもしれないと思ったが、彼女を守るには必要なものに違いない。

 「王子も、令嬢に挨拶しなさい。」

 プルメリアを見たまま固まってしまった息子に国王は挨拶をするように促した。そこでフラムは緊張のあまり先ほどまで考えていた事が全て口から出てしまった。

 「君に幸せになってもらうことが僕の使命なんだ。君が不幸になると困ったことになる。我が国存続の危機なんだ。」

 めちゃくちゃな言葉の羅列に俺だけでなく、国王も夫人も驚いていた。プルメリアだけは挨拶をせず不思議なことを口走った俺のことをじっと見つめている。

俺はもう緊張と予期せぬことをしてしまったストレスで意識が半分なくなりかけていた。

 しばらくの沈黙の後、父親が体調が悪いのかも、緊張しているのかもなどと言って解散する空気を作ってくれた。夫人も理解したのだろう、プルメリアを連れて謁見の間から出て行ってくれた。

 父親も最初は俺を怒ろうとしたみたいだが、あまりにも俺が呆然としていたようで途中から心配されてしまったらしい。気がついたら、俺は自分の住むルヴァン宮の自室で朝を迎えていたんだ。

 

 

 「ここまでが、俺とプルメリア嬢との出会いだ。何か質問はあるかトマ?」

 「質問以前に突っ込みたいところしかありませんよ。私が帰省してる間に何を色々とやらかしてくれてるんですか……。そもそもなぜあなたはそんなに余裕なんですか。いつ怒り狂った公爵が王宮に乗り込んでくるかわかりませんよ。公爵に会った日があなたの命日になってしまいます」

 トルマリンは絶望していた。あれだけ事前に注告しておいたのに、想像を遥かに超える言動の酷さ。父親からの帰省の要請になど応じなければよかったと、過去の自分をひどく責めていた。

 にも関わらず随分と主人は楽しそうだ。まるで最高の挨拶が出来たかのような印象すらも受ける。

 「実は、次の日にプルメリア嬢に謝るために公爵邸に直接行ったんだ。」

 「流石に事前に連絡はされたんですよね。突然アルク家を訪問されたり、していませんよね。」

 期待を込めた問いかけであった。マナーは教育係からも叩き込まれているはず。どんな身分の貴族、準貴族ですら訪問のマナーは知っているもの。王族である自分の主人がそこまで無作法な人間だとトルマリンは思いたくなかった。

 「いや、連絡しないで行ったよ。できる限り早く謝ろうと思ったし、本当に夢見心地な気分だったんだ。」

 そう、いくらマナーが苦手なフラムでも最低限の礼儀は叩き込まれている。彼は完全に自分が推すべき主人公、プルメリアを見つけて浮かれまくっていたのだ。

 眉間に皺を寄せていたトルマリンの顔がほんのり青ざめ始めた。初対面の暴挙なら一目惚れしてしまい緊張していたと誤魔化す事ができるが、訪問については誤魔化しきれない。世間的に見れば、次期国王が公爵令嬢に失礼を働いただけである。だが、起きてしまったことは仕方がない。続きを話すように王子を促すことにした。

 「突然の訪問には公爵邸の者も慌てていたみたいだけど、すぐに応接間に通されたんだ。そこで僕は彼女が来るまで立って待っていたんだ」

 とても王族としての教育を受けている人間とは思えない振る舞い。フラムは驚くトルマリンを気にせず話を続けた。

 「彼女が部屋に入ってきてすぐに僕は頭を下げて謝罪したんだ。そして彼女に自分ができる範囲で詫びさせてくれと頼み込んだ」

 「ご令嬢はどのような反応をされていましたか?詫びの品は何を望まれたんんです?」

 深窓の令嬢なら気絶してもおかしくないレベルに常識外れな行動しかしていない。トルマリンにはその感想しか思いつかなかった。自分が屋敷の主人なら即座に追い出すだろう。いや、あの公爵の娘なら領地の一つや二つ、教育係や側近の自分の首を要求してきてもおかしくない。緊張しつつ、フラムにたずねると返ってきたのは意外な答えだった。

 「驚いてはいたけれど、普通に席を勧められただけだったよ」

 令嬢は公爵には似ず随分と寛容なお方のようだ。トルマリンは始祖である竜に心から感謝をした。

 「それでお詫びの品についてだけど——」

 トルマリンは完全に油断していた。穏やかな令嬢のようだから精々頼むのは珍しい茶葉やら、ドレス辺だと思っていたのだ。

 「お詫びじゃなくていくつか言いたい事があると言われたんだ」

 「なんと言われたんですか?」

 「訪問するなら事前に連絡をするのがマナーだと言われたんだ。他にも王族が簡単に頭を下げるな、とも言われた。教育係にちゃんと王族教育受けているのかとも不思議がられたよ」

 前言撤回。令嬢はかなりはっきりとものを言う、貴族にしては珍しいタイプなようだ。公爵の血を引いているだけある。トルマリンは感心した。

 「俺はさらに謝って、友達になってほしいとお願いしたんだけど面倒だし最低限の常識のない人は嫌だと断られた」

 あっさり断る令嬢はもしかしなくてもかなりの強者なのではないか。トルマリンはあまりにも王子が問題行動をしすぎたために現実逃避をしていた。

 「最後に公爵夫人に挨拶して帰ってきたんだ」

 そう語るフラムはあまりにも穏やかに語るので思わず聞いてしまった。

 「公爵に国外追放されるかもしれないのにどうしてそう呑気なんですか?公爵の権力の凄まじさはお教えしたはずですが」

 「いや、冷静に考えてみるとと俺は死ぬかもしれないって最初は焦ったよ。けれど今は諦めてその運命を受け入れようと思って」

 まさか主人がその境地に至っているとは考えもしなかった。いつものように好奇心のまま暴走し反省など微塵もしていないと思っていたのだ。だからこそ、トルマリンは焦っていた。早く何かしら手を打たないと王族が一人減ってしまう。

 「殿下、手紙、手紙を令嬢に送りましょう。謝罪と王宮に改めて招く文面にして少しでも誠意を見せるのです」

 恐らく王子は公爵家のブラックリスト入りをしている可能性が高いが、王家の紋章の入った手紙なら受け取ってくれるだろう。微かな希望に全てを託す決心をトルマリンはした。

 「受け取ってもらえると思うか?あの公爵家の家人らに」

 「紋章入りの封筒ならば可能性があるでしょう」

 そこから練りに練った文を便箋にしたため、使者を出した。

 彼らは必死だった。ともに明日をみる目標に向かって全力だった。

 手紙を受け取ってもらえたことに喜び、返事を待ち続けた。誠実さを出すために、毎日文面を変えて手紙を送り続けた。

 

 そして一ヶ月が経った——今のところは何のお咎めもないが、いつ公爵の部下たちが乗り込んでくるか分からない。フラムもトルマリンも一ヶ月のうちに体重は三キロは減った。精神も体力も限界だった。

 一ヶ月と三日目の今日。ついにアルク家から使者が来たらしい。

 使者が公爵直属の部下でないことをトルマリンは心の底から祈り、使者の名前を恐る恐るメイドにきいた。

 「使者の方に十分なもてなしはされました?また使者の名前はわかります?」

 頼むから公爵の乳兄弟とかいう側近だけはやめてほしい。ヒヤヒヤしながらトルマリンがメイドに聞くと彼女は不思議そうな顔をして答えた。

 「公爵様とよく一緒にいらっしゃる青色の瞳の側近さんですよ。」

 トルマリンのただでさえ白い顔色は真っ白である。

 俺は公爵の側近と言ったパワーワードにビビりつつもトルマリンに質問した。

 「その公爵の側近はそんなにヤバい人なの?」

 「彼は血濡れの死刑執行人と呼ばれています。」

 そう端的に答えるトマの顔色は土気色にまで変化していた。

 

 

 あっ、俺死んだ——

 

 

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