第8話 血濡れの死刑執行人は今日も絶好調

 「ええと、『お返事が遅くなってしまいごめんなさい。ご連絡していただいたら、また王宮まで参ります』ミール、これでいいと思う?」

 お父様からのお土産の確認も終わって、私は今、王子殿下にお手紙の返信を考えているところです。よくよく考えてみれば、家族や親戚以外の人に手紙など書いたことがなくて困っていますの。先ほどから何枚も下書きを書いているのですが、いまいちしっくりこないのでカモミールにアドバイスをもらうことにした。

 顔を上げると今まで見たことがないぐらい嫌そうな顔をして、カモミールはこちらを見ている。文章のセンスがなくて呆れられてしまったのかしら?

 「別にプルメリア様に怒っているわけでも、呆れているわけでもありませんよ。あの王子殿下のためにわざわざ王宮まで行くのが面倒なだけです。そもそもあの変人に丁寧に手紙なんて返さなくていいと思います」

 カモミールは本気でそう思っていた。麗しのお嬢様にどのような変態的な思いを抱いているのかわからない。アイオライトに止められなければ、本気で去勢しに王宮まで行く気だったのだ。カモミールはどこまでもプルメリアへの愛が重かった。

 「けれどね、ミール。お手紙を下さったのに、一ヶ月も放置していたのはよろしくないわ。挙げ句の果てに燃やしてしまったみたいだし。私も常識がない人みたいじゃない」

 そう、いくらなんでも王族からの手紙を無視しすぎるのは良くないと思ってしまう。陛下からお父様がお叱りを受けてしまいそう。

 実際、王妃は怯えていた。仕事も早く優秀な公爵だが、一度家族のことになると容赦なく追い詰めにかかる。甘いマスクから吐き出される冷たい言葉に、パワフルな剣術。夫である国王にはちゃんと公爵家に詫び状を送るように助言したが聞く耳を持たなかった。誇張ではなく、王妃の住む宮は緊迫した空気で包まれていた。

 「一応写しはございますが、大まかな内容は謝罪でしたよ。先ほどおっしゃった文章で特には問題はないでしょう」

 カモミールに太鼓判を押されたので、そっくりそのまま便箋に書く。封蝋を垂らし家紋の入ったスタンプを押した瞬間に、私の手元から封筒は消えていた。

 同時にノック音と共にアイオライトが入ってくる。少し疲れた顔をしているが、それほど今回の仕事は大変だったのかも知れない。

 「アイオライト、あまり無理しすぎないでね。お手紙を届けるのは別の人でも構わないし。お父様に頼んで別の使者を立ててもらってもいいのよ」

 アイオライトは感動していた。暴君なトパーズとも笑顔で無茶なことをするアイリスとも似ていない、プルメリア。少々表情筋が仕事していない気がするが、笑顔の圧がすごいあの夫婦に比べたら無表情なぐらいでちょうどいいバランスなのだ。

 正直……正直に言えば、一ヶ月もの間暴君と働き詰めだったので、王宮になんぞ行きたくない。使用人邸でゴロゴロしていたいのが本音だ。しかし、代理に誰が立てられるのかわからない。カモミールを立てれば、王子が血まみれになりかねない。アイリスに頼むなど論外だ。彼女はカモミールの『王子の手紙焼き清め事件』に対して何も怒っていない。つまり、彼女も王宮からの手紙など無視してしまえタイプの人間だ。

 改めて整理すると、自分が仕えている公爵家のヤバさに眩暈がしそうだった。普通の貴族なら王族からの手紙を無視した時点で、侮辱罪が成立。牢屋行き待ったなしだ。それにも関わらず当主は国王を馬鹿呼ばわりするし、奥方は実家の伝手を使って不穏なことをしているようだし。

 自分が王宮へ行かないと三時間にも渡る食堂での説得が無意味になってしまう。そう結論づけ、涙を拭きつつプルメリアに答えた。

 「大丈夫でございますよ、お嬢様。お父上様からの指示ですし。私もそれなりに鍛えているので問題ありません。心配してくださり、ありがとうございます」

 お嬢様だけが、この荒んだ公爵家の中で唯一まともな人間である。あの夫婦も主人大好き殺戮メイドも溺愛する理由がわかる。無表情の中に見える気遣いのギャップに昇天しそうだった。が一つ疑問に思ったので、部屋を出る前に聞いておくことにした。

 「お嬢様は王子殿下のことどのように思われているんですか?」

 変わり者だとしても、王族はそれなりに顔がいい。婚約まで行けば、公爵家と王族との仲が良くなるかもしれない。希望に満ち溢れた問いかけであった。

 が、プルメリアは先ほどと同じ表情で答えた。

 「友人にはなりたくないタイプの方でしたわ。今回手紙を送るのも公爵家の体面を気にしただけですし」

 間違いなくプルメリアは公爵家の人間であると、アイオライトは確信した。母が乳母をしていたせいで、このいつ何をしでかすか分からない公爵家に一生を捧げなくてはならない。

 アイオライトは己の運命を呪いつつ、一礼して部屋から出た。できるだけ早く王宮へ向かわないと口うるさい王妃様が脱水症状で死んでしまう。

 

 馬小屋へ向かう途中でトパーズと出会った。愛馬の様子でも見にきたのだろう。お綺麗な顔面に恨み言の一つでもぶつけようと思い、口を開く。

 「主様、私も疲れてい——」

 「実はな、イリスが流石に今から王宮まで行かせるのは大変だろうから何か褒美をあげた方がいいと言っていてな。俺はそもそもプルメリア直筆の手紙をあの馬鹿王子に渡さなくてもいいと今も思っている。だが、可愛く心優しく美しく愛らしい妻がわざわざ言いにきたしな。正直お前が慈悲深いイリスに心配されるだけでも腹が立つが、俺もそこまで人でなしではない。褒美にお前がずっと欲しがっていた斧をやろう」

 主様間違いなく人でなしだし、アイリス様は確かに美しいが王族からの手紙を無視してる人が慈悲深い訳ないだろう。そのようなツッコミも、斧の前には些細なことにすぎない。

 斧、アイオライトは斧に取り憑かれていた。幼い頃に見た斧のフォルムに一目惚れし、そこから斧を扱う騎士を探し出して弟子入りをした。トパーズが剣術を学ぶ横で彼は斧を振い続け、剣はほとんど触らずに生きてきた。彼にとって斧は戦場でも魔獣討伐でも裏切ることのない最高の相棒なのだ。

 笑顔で愛馬にのる。アイオライトの頭の中は新たに出会えるであろう、相棒のことで頭がいっぱいである。

 「ライト、さっきは何を言おうとしていたんだ?」

 「なんでもありませんよ、トパーズ様。急いで王宮まで言って参ります。アイリス様に感謝をお伝えください」

 アイオライトの頭の中からは先ほどの亡き母への恨みも、心優しい王妃様のこともすっかり抜け落ちていた。

 この切り替えの速さで彼はこの公爵家で心を病むことも、過労で倒れることもなく日々を過ごせている。流石、あの公爵と乳兄弟なだけある。

 

 余談だが、公爵は瞳の色と素晴らしい性格にちなんで『歩く魔炎』とあだ名が付けられている。広く定着しているが本人は特には気にしていない。アイリスのネーミングセンスの良さに感動し、気に入ってよく使うぐらいである。

 そして普段は、暴君公爵に振り回されてばかりいる大人しそうなアイオライトも斧を持つと豹変し暴れまわるので、同行する仲間の騎士からはこう呼ばれている。

 血濡れの死刑執行人——と。

 

 

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