第7話 公爵邸の平和は仮初だったようです
お父様は軽く頷かれた。カモミールが説明を始める。
「お嬢様は体調不良のために国王陛下が開かれた集まりには参加せず、後日ご挨拶をしに参内されました。
壇上には国王陛下並びに王妃殿下。そして例の王子殿下がいらっしゃいました。ですが、お嬢様がご挨拶をされるよりも先に王子殿下が妙なことを口走りまして。
なんでもお嬢様が幸せにならないと、国が滅ぶやら。自分が幸せにする義務があるやら。とても正気とは思えませんでした。お嬢様は驚きつつも、完璧に挨拶をされました。アイリス様のお助けですぐに公爵邸に戻りました。
また後日、訪問もなしに屋敷に来られ、謝罪と友人になってほしいなどど奇妙なことをおっしゃりまして。こちらもまたアイリス様に助けていただきました」
改めてカモミールの説明を聞くと、王子殿下とんでもないお方ですわね。王宮の教育はずいぶん大らかなようです。
「メリアは突然の訪問で体調崩したりしなかったかい?後率直に王子の一連の対応をどう思った?」
お父様は殿下の無礼な振る舞いにお怒りのご様子。お母様やカモミールにも何度も心配されましたけど、私あまり気にしておりませんの。ほんのちょっぴりこの国が心配になったぐらいです。ですので正直にお父様に伝えることにする。
「私、正直言ってあまり気にしておりませんの。お父様は日頃から国王陛下のことを残念だとおっしゃっているので、王子殿下にはそもそも期待しておりませんでしたし。お友達になるのも常識を学んでから考えます、とお話ししたのでしばらくあちらも会いには来られないでしょう。
強いていえば、王室の教育係を見直すべきだと思いますわ。このままだと王女殿下も残念な方な気がしてしまいます」
お父様は少し目を見開いてから、大笑いをされた。先ほどまでお怒りだったのが嘘のようにご機嫌である。
「そうか、メリアは本当に優しい子だな。実は王宮で王子の侍従、いや側近というべきかな。まあその側近に手紙に返事をしてほしいと頼まれたんだ」
お父様は驚くべき発言をされた。私は一度も王子からの手紙など受け取っていない。カモミールをみると彼女はあっさりと口を開いた。
「私が全て燃やしております。不愉快だったので」
普通なら一介の侍女が貴族ましてや王族の手紙を燃やすなど許されないことだ。だが、公爵家では許されてしまう。なぜならアルク家で最も優先されるのはプルメリアだからだ。
「私、聞いてませんわ? カモミールなぜ教えてくれなかったの?」
「毎朝お嬢様にはお知らせ致しておりました。ですが対応は私に任せるとのことでしたので、燃やしておりました」
しゃあしゃあとカモミールが言う。朝が弱いのを知っているのに意地悪された気分だ。落ち込んでいると黙っていたお母様が優しくおっしゃる。
「メリア、確かにお手紙を燃やすのは良くないことかも知れないけれど、いきなり返事を返してもあの馬鹿王子がつけあがるだけよ。一ヶ月経ったことだし、お返事するにはいい塩梅だと思うわよ」
お母様のフォローと少し申し訳なさそうなカモミールの表情に免じて、許してあげましょう。
「メリア、手紙のことは納得出来たかい? 食事も終わったし、母様と一緒に土産を見ておいで。カモミールにはもう少し話を聞きたいから、少しかりることになってしまうけれど」
お土産! お父様はいろいろな地方にお仕事しに行かれるので、お土産も変わったものが多いのです。珍しい魔道具に異国の綺麗な布や宝石。たくさんの書物。聞いたこともない果物に植物。
プルメリアは目を輝かせてその提案に飛びついた。
「お父様、私行ってまいりますわ。お母様も早く行きましょう」
お父様はお母様とはしゃぐ私に笑って手を振ってくださった。
プルメリアが去り、静かになった食堂。トパーズは先ほどの笑顔とは打って変わって無表情である。食堂の空気は十度は下がっただろう。重苦しい空気の中アルク家当主は口を開いた。
「カモミール、馬鹿国王の息子は何をしでかした?なぜすぐに私に連絡しなかったんだ? 後手紙の写しはあるか?」
先ほどまで柔らかく微笑んでいた面影など一切ない。プルメリアは先ほどの発言は全て冗談だと思っていたようだが、彼は本気であった。そのための権力も持っている。ただ、気にしていないと笑うプルメリアが可愛すぎたので王子をその場限りで許してやっただけだ。
甘い顔立ちに似合わない冷たい声で問いかける。しかしカモミールはこの空気感に慣れしまっていた。彼が怒るのは自分の家族、アイリスとプルメリアについてだけである。家族が絡まなければ、基本的に穏やかである。
今の質問も決してカモミールを責めているわけではない。事実彼は手紙を燃やしたと聞いて胸がスッとした人物の一人だ。ただそこまでカモミールが気にしている理由が知りたいだけだろう。
「王子の対応が変だったのは事実ですが、年相応だとも思いましてそれほど気にはしておりませんでした。連絡については全てアイリス様に一任をしてました」
カモミールが告げた瞬間一気に和らぐ空気。トパーズの側近、アイオライトはほっと一息ついた。彼は不幸にもスフェーンと乳兄弟であり、彼の無茶ぶりによく振り回されている不憫な人物である。
「アイリスはなんと言っていたんだ?」
「ご実家に協力を要請するとのことです。細かく監視をつけられるのでしょう」
「それなら、あの王子については侯爵家に一任しよう。お前は王子を毛嫌いする理由はなんだ?」
トパーズはそれだけが理解できなかった。カモミールはそこまで人を極端に嫌うタイプではない。プルメリアを除きどんな人物に対しても対応が変わることがない。当主である自分ですら、同じ態度である。そこが気に入っている所なのだが。
「アイリス様にも同じ言葉を返したのですが、不気味なのです。立ち振る舞いがとても王族らしくなかった。まるで庶民かのように見えたのに、子どもらしくはなかったといいますか。外見と中身が釣り合っていないのです。王宮であのような振る舞いをするような者はいないはずです。まるでこの世界の人間のように思えませんでした」
その返事にトパーズは考え込む。カモミールは勘が鋭いタイプだ。その彼女が違和感を覚えるならば、アイリスの実家任せにせず、一度王子に会いに行くことを検討しなくてはならない。
「立ち振る舞いはかなり徹底的に仕込まれているはずだし、側近はあの王族大好きなタシュ辺境伯の息子だ。あいつらは中々の狸一族だからな」
そこで一言も発していなかったアイオライトが手を上げた。
「なんだ、ライト。思うところがあれば言え」
アイオライトは二人の話し合いを聞いてずっと疑問に思っていた。なぜ、王子の振る舞いにそこまで意味を求めるのか。
「あの、ただ王子殿下はプルメリアお嬢様が美しくて緊張されていたのでは?国が滅ぶやら使命やらはただただ一目惚れされて、口説いていらっしゃるだけだったのかと……非常事態でしたらアイリス様も緊急で連絡されるでしょうし」
輝きを失った二人の瞳がこちらを見た。ゾッとするほど美しい瞳に見つめられて、アイオライトは心臓が止まったように感じた。
長い、長い沈黙が食堂を包んだ。そして同時に彼らは言い放った。
「こい、ライト。馬鹿王子を殺しに行くぞ」
「去勢しに王宮まで行ってきます」
暴走した二人を止めるのに、アイオライトが全力を尽くしたのは言うまでもない。
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