第8話
お散歩の日まで残り一週間となった。表面上ではいつもの生活を続けながらも、セイは毎日薬草を擦り潰し続けていた。
「毒にも薬にもなるとは、よく言ったものよね」
そして、調合したうちの一つを自身が飲んだ。
「カイとリツ……、それからユナが逃げられるのが一番だけど、誰か一人でも助かれば御の字よ。最悪、外との繋がりを閉じられれば私たちの勝ちだわ」
結局、カイとリツが納得できる案をセイは出せなかった。けれど、セイは諦めていなかった。
「逃げるんじゃない。勝つのよ。私が必ず倒す。ここで食い止めるんだから」
ヤマタの正体に気が付いた時からずっとセイは逃げることだけを考えてきた。けれど、そんなセイをユナが変えた。
ユナだけは置いてはいかない、置いていけない……。
これがもし、他の子だったら散々悩んだ末にカイとリツの言う通りに逃げるという選択をしていただろう。
ユナの存在はセイにとって特別だった。
仲間の一人が裁きを受けたことで、次の仲間を追加しようとユナに目をつけたのは、記憶力が良いというだけの理由だった。
仲間といっても、一人で逃げるのは難しいから増員するだけ。互いに助かりたいという利害を一致させただけの関係。それ以上でも、それ以下でもない。
踏み込みすぎれば、喪った時が辛くなる。だから、深くは関わらない。
それが、真実が見えるようになってからセイが学んだことだった。
そして、ユナともそんな関係を作るはずだった。
ユナの特別な薬にも、セイの特製の薬を混ぜることで、特別な薬の作用を中和し真実を見せた。もし、気が狂わなければ仲間に誘う。駄目ならもう一度、特別な薬でヤマタの支配下に戻す。それがいつもの手順であった。
「ねぇ、ユナ。真実が見えた気分はどう?」
そう声をかけると、罵声を浴びせられることや掴みかかられることもある。けれど、セイは敢えてその声のかけ方を変えなかった。追い込まれた時こそ本性が出る。それがセイの持論だったから。
ユナはゆっくりとセイを見ると今までのただ明るいだけの印象とは一転した表情で呟いた。
「今までの私の記憶の違和感の正体が分かった気がするわ。上手く言葉にできなくて悪いんだけど……」
今までにない、予想もしなかった答えにセイは面食らった。
「こんな真実を知りたくなかった、とか。どうすれば良いのか教えろ、とか。どうにかしろ、とか。そんな気持ちはないの?」
「えっ? だって、どうにかできるんだったら、とっくにどうにかしているでしょう?」
当たり前のように返された言葉に、セイは戸惑いを隠せなかった。混乱した人間は、自分の理解を越える何かに出会った人間は、汚い本性をさらけ出してしまうものではないのか……。ユナという存在がセイの理解を越えていた。
「私は、今までどうにも出来なかったからユナも巻き込もうとしているの」
「そっかぁ。セイは今まで頑張ってきたんだね。きっと誰にも言えないこともあったんでしょ? 頑張ったね」
そう。誰にも認めてもらえないけれど、セイなりに奮闘してきた。特別な薬を中和する薬の製作だって一人でやったし、自分の未来を手に入れるために他の子を地獄に落としてきた。
「えっ? そんなの当然でしょ? 真実が分かるのはセイだけだったんだもん。堪えてくれて、ありがとう。そのおかげで、ただ裁きを待つだけじゃなくて逃げられるかもしれないって希望が消えなかった。セイが頑張ってきたからだよ」
苦しかった気持ちをユナは頑張ったね、ありがとう、とセイに声をかけてくれた。ユナだけが自身を責めずに認めてくれた。ユナだけが──。
「ユナを置いていくくらいなら、私もここで死ぬわ」
ユナが生きることが、セイの生きる理由。他人を生きる理由にするなんて良くないことをセイは自覚していたが、その考えを変えるつもりなどなかった。
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