第4話


 アサが穢れたことにより裁きを受けた後、再びセイも特別な薬が飲めるようになった。

 日々のストレスですっかり参っていたセイは、この薬はヤマタ特製であることを失念し、躊躇ためらいもせずに口をつけた。

 久々の薬は、格別に美味しかった。そして、心が軽くなり、軽い高揚感を得ることができた。


 だが、次の薬を飲む前にその効果は切れてしまった。三週間ほど薬を絶っていたことで、本来であれば効果が継続していた時間よりもほんの少し切れるのが早かったのである。変わりに効きは強かったが。


「もしかして、特別な薬には気持ちの高揚と幻覚作用がある?」


 毎日、毎日、時間さえあればいつかヤマタ様のお役に立ちたい! と勉学に励み続けていたセイは、普通の子どもに比べて知識が豊富であり、頭の回転も早かった。そのことで薬の異常性にも気が付くことができた。


 だが、気が付いたからといって、飲まない訳にはいかない。アサは周囲にバレないように上手く薬を横取りしてくれていたが、そのアサももういないのだ。


「飲んでないとバレたら、次は私の番だ」


 ヤマタは特別な薬を子どもたちに飲ませることで、自分たちを管理している。その理由は分からないが、飲み続けたらまた元通りになってしまうし、飲まないことがバレたら一貫の終わりだとセイは思った。

 だから、みんなのいるところで飲んだふりをして、舌の下に隠しておいてこっそり吐いた。失敗して飲み込んでしまった日もあったけれど、概ね上手くいったのである。


 薬をこっそり吐き出す日々を過ごし、穢れて裁きを受けていく他の子どもたちを見送る。真実が見えるようになって一年が過ぎた頃、セイは決心した。ヤマタに近づくことを。


「このままでは、自分の番をただ待つだけ。動かなければ、助かるものも助からないわ」


 それからセイは疑われないように少しずつヤマタに手伝いを申し入れたり、他の子たちの情報を渡した。情報を渡したことで穢れだと判断された子が出てしまった時は何ヵ月もまともに眠れなかった。

 けれど、ヤマタからの信頼を得ることには成功した。


 必要な犠牲であった。いつかはそのことに気が付いたヤマタに裁かれていたのだから、時期が少し早まっただけなのだとセイは何度も自分に言い聞かせた。自分にできることは何もないのだと。


 セイは、少しでも早くこの地獄から逃げたかった。



 ヤマタから重用ちょうようされるようになった頃、遂にヤマタの特別な薬に使う植物を知ることができた。それを採取するということはヤマタの手助けをすることであったが、セイは二つ返事で了承し表面上はヤマタの役に立ちたい少女を演じ続けた。


 ヤマタに頼まれた真っ白な花の葉には、セイの予想通り幻覚作用と高揚感を与えてくれるものであった。また、軽い依存性のあるもので、精神支配をしやすくなる効果もあることが書物から判明した。

 一体なぜ、ヤマタはこのような書物を子どもたちが読める蔵書のなかに入れておいたのか。そのことは、セイには全く理解ができなかった。


 けれど、このことが大きな一歩になった。解毒作用のある植物を探しあてるまで、何度も嘔吐や下痢、熱を出すこともあった。それを自ら解毒し、セイは人前では何ともないふりをした。演技が上手かった訳ではない。ただの根性だ。

 これまでに自身が犠牲にしてしまった他の子どもたちを思えば、身体的不調など大したことではなかった。


 ヤマタが作る特別な薬を無効化する特製の薬が完成した後だって、上手くいかないことの連続だった。

 真実を受け入れきれずに心が病んでしまう子もいた。仲間になった子が裁かれたことも一度や二度ではない。

 仲間が多くなれば、バレる危険が高くなるため人数は多くても五人までと決めてセイは動き続けた。


 ヤマタはいつも子どもたちを監視しているわけではないが、気が付くと音もなく傍にいるので気が抜けなかった。


 ヤマタの機嫌を損ねた子が唐突に姿を消したこともあった。

 仲間を助けるために、他の子をヤマタに売ったこともあった。


 それでもセイは負けてたまるか! と行動を続けた。裁きの前触れに気が付いてからは、人として最低な行為もした。後悔をしながらも、止まらなかった。止まる猶予ゆうよなどなかった。


 そして八ヶ月ほど前に、仲間は今のメンバーとなった。記憶力に長けたユナ、ずば抜けた運動神経を持つカイ、自分とは違う考えで新たなことに気が付かせてくれるリツ。

 このメンバーでどうにもならなければ、諦めるしかないと思えるほどであった。


「私が十六歳、ユナとカイは十七歳。リツももう十四才。いつ裁きを受けてもおかしくない年齢よ。次の深夜のお散歩の日、裁きが行われる日に決行しましょう」


 そう話し合い、準備を進めてきたがお散歩の日を前にユナがヤマタに呼ばれてしまったのだ。あと少し遅ければ……。そう思ったところで現実は何も変わらないことをセイは知り過ぎていた。

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