第3話

 セイはユナにヤマタへの接し方をもう一度伝えた。不興を買わないようにと。そして、一つの作戦を立てた。わずかな助かる可能性を信じて。



「ユナ。何故ヤマタ様は私たちに知識を与えてくださるのだと思う?」

「えっ?」

「健やかに育てるためとはおっしゃっているけれど、知識がなくたって健やかには育つと思わない? 私はね、ヤマタ様が永遠にも近い年月を生きていくなかで、お話し相手が欲しかったからではないかと思っているのよ」


 本当にヤマタの言う穢れない子どもを育てたいのだとしたら、知識なんて与えないで何の疑問も持てないように育てた方が楽だろう。それでも知識を与え、子ども自身で考える力がつくようにとヤマタは子どもたちを育てた。


 セイはそのことをヤマタの暇つぶしだと思っている。長い年月を生きるうえでの娯楽なのだと。例え、真実に気が付く子どもが現れたとしても、自身に敵うはずがないという確信をもったうえで遊んでいるのだと。


「だからね、ユナが物語を紡ぐのよ。ヤマタ様が夢中になるような。そして、そのお話を続きが気になるところでやめるの。そうすれば、気になっている間はお役に立てるでしょう?」

「それって、上手くいくのかしら?」

「いくわよ。ユナならね」


 自信満々に見えるようにセイは笑う。本当は上手くいく可能性がわずかだとしても。信じなければ、上手くいくものもいかなくなるのだから。




 セイがヤマタの本当の姿に気が付いたのは、十二歳の頃。十六歳となった今から三年半ほど前のことだった。


 その当時のヤマタには特別にお気に入りの美しい少女がいた。その少女の名前はアサ。セイとアサは同い年で大の仲良しとまではいかないものの、よく話す相手ではあった。


 だが、その関係性はアサがヤマタのお気に入りになった途端に崩れた。アサの態度が変わったのだ。

 自分だけが特別だと思ったアサ。自身は何をしてでも許されると勘違いしたのだろう。

 セイが普段からあまり自己主張をしないことを良いことに、特別な薬を横取りするようになったのだ。


 最初は薬が欲しくて欲しくて仕方がなかったセイ。だが、一週間ほどでその症状は治まった。


 そして、セイから見える世界は大きく姿を変えてしまった。


 特別な薬の効果が切れたセイの目には今まで見てきた光景とは全く別のものが見えるようになってしまったのである。


 まずはじめに耳に飛び込んできたのは、今までは聞こえてこなかったザリッザリッという断続的な音だった。

 その音は屋敷の外から聞こえてきていて、不思議に思ったセイが屋敷の塀の隙間から覗けば、今まで見えていた美しい花畑は消えていた。

 代わりに見えたのは、真っ暗な空間を二列に並んで歩き続ける人型をした何かだった。


 その何かは、みーんな背中が丸まり、足を引きずっていた。目を凝らして見てみれば、足からは赤い何かが滴っている。

 ザリッ、ザリッ、と一定のリズムで音をたてながら歩く姿はこの世のものとは思えない。


 悲鳴をあげそうにセイはなったが、頬の内側を噛むことでどうにか踏みとどまれた。セイのなかの何かが叫ぶ行為は危険だと警報を鳴らした結果だった。

 その行動により命拾いをしたセイ。だが、口のなかは大出血。ちょっとした騒動へとなった。


 他の子どもたちがセイを見て騒ぐなか、ヤマタが出てきたのは当然のことだったのだろう。


 セイはこの状況に混乱しており、ヤマタへと助けを求めようとした。

 だが、セイの瞳に映ったのは、今までセイが見てきたヤマタではなかった。腰まである真っ白な髪を後ろに束ねた二十代半ばほどの優男なのは変わらなかったが、その体からは恐ろしいものが八つ生えていたのだ。


 その姿を瞳に映した瞬間に笑みを浮かべたのは、極度の恐怖心を回避するための防衛本能であった。だが、それもまたこの状況では偶然にもこうそうした。

 顔色が悪いのは口からの大量出血によるもので、笑ったのはヤマタが来たことに安心したからだと誰もが思ったのである。


 こうして、たくさんの偶然が重なり、セイは真実が見えるようになったのだが、誰にも気付かれることなく難を逃れたのであった。


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