第三話 悪夢の遠征
遠征とは、総長が人数、目標、日程を定めて、島の外を調査しに行くことで、遠征で命を落とすことは珍しくない。今回は僕、トム、ティナ、
遠征当日、何人かに見送られながらボロボロの船に乗って出航した。少しずつ荒れた島が小さくなっていく。船に揺られながら雑談をして過ごし、東に進み続けると
四人が縦一列になって森の中に入っていく。草が踏まれる音と、鳥の鳴き声、四人の会話だけが森に響き渡る。「あっちに戻ったらアイスが食べたいな。ムネヤマがアメリカに来たら、おいしいアイスクリームのお店紹介してあげるね」
「ありがとう! 僕もティナが食べたいって言ってたお寿司、食べさせてあげるよ」
「おい、新入りども。あんまりいちゃいちゃすんなよ。緊張感持てよ」僕らの会話を遮るように、トムが入ってきた。
「一か月しか変わらないのに偉そうにすんなよ。それともあいつらが羨ましいのか?」馬鹿にするように
「うるさいな。お前こそな――」
四十分ほど歩くと「もうすぐ、森を抜けるはずだ。気を引き締めろよ! 今回の目標は相手のことを理解しに行くことだ。むやみな争いは生むなよ」先輩ぶるトムが偉そうに言った。
目の前が明るく太陽で照らされている。森が終わり広い道が見えた。草むらに隠れて誰か来ないか待っていると、豪華な馬車がたくさんの兵隊を連れてやってきた。少し大きめの銃を携えており、教科書で見た明治初期の兵隊のような格好をしていた。
「おそらく、権力を持った奴だろう。危険だが馬車の中の奴と話ができれば安全な交渉ができるかもしれない。手を挙げて一斉に出るぞ」トムがぼそぼそと言った。三人が頷くと、息をひそめた。
トムの合図で一斉に飛び出した。両手を挙げて馬車の前に「ストップ!」と叫びながら飛び出した。馬車と兵隊が止まると、五メートルくらいの距離を開け、互いに睨みあう。あちらからしたら、鬼のような形相をした四人が睨んできているのだから相当怖いだろう。ただ、十人ほどに銃を向けられている僕らもかなり怖い……空気に緊張感が走る。
この沈黙に耐え切れなかったのか、一丁の銃が沈黙を破り、一人の胸から血が噴き出し倒れこんだ。
「ティナ――」左に体を向けた僕は、自然と口から声が漏れていた。「ごめんね……ムネヤマ……釣り……一緒に……したかっ――」ティナが静かに、優しく僕に伝えると、電池の切れたおもちゃのように動かなくなった。もう一発、彼女に銃弾が襲いかかる。ティナの体が、たくさんの白い粒になって空に浮かんでいった。僕は、なにもできずに立ち尽くし、ティナのいたところを眺めていた。僕は彼女との思い出が
ギリギリと歯を食いしばる音で現実に引き戻された。目に溜まる涙でよく見えないが、隣で
「あああ!」痺れを切らした
男は僕らに手を差し伸べた後、ティナの血が残っているところで手を合わせていた。いい人なのか、罠なのか分からないが今は従うしかない。三人は馬車に誘導された。四人がギリギリ入る大きさだったので、男は中から兵隊を追い出し、招き入れてくれた。三人は疑いながらも乗り込んだ。沈黙と絶望と緊張と疑いで満たされた車内は、異様な雰囲気だった。目の前で起こったことが理解できなかったので、呼吸が乱れ、変な汗が出てきた。
馬車が止まると、そこは大きなお屋敷だった。緑に囲まれ、小さな川が流れている。赤茶色のレンガ造りの二階建てで、ロンドンの歴史あるお屋敷のような雰囲気を
五時間ほど経ったのだろうか、なんとか五十音と簡単な言葉を覚えた。自分でも驚くほどの集中力だった。男は絵本を持ってきて、自分と絵本に描かれた王様? を指さした。おそらく、自分が王様だとでも言いたいのだろう。サトイモ王国という国の国王だということが後で分かった。
その後、国王に元の場所まで馬車で送ってもらい、簡単な挨拶を交わして別れた。地面の一部が赤く染まっている。船を漕いで、なんとか島まで帰ることができたが、すっかり日は暮れ、夜風が体に突き刺さる。昨日の夜風とは全くの別物になったようで、帰りの船の空気も比べ物にならないほど重かった。ヒーモ族のお出迎えがあったが、かけられる声も耳に届かず、ボロボロの木でできた家に入り、寝床でうずくまり、静かに泣き続けた。硬い地面でのみんなとの雑魚寝も今日だけは気にならなかった。隣に一人分のスペースが空いているから……
それから数年はなにをしたのか、いまいち思い浮かばない。おそらくは、ずっと翻訳に打ち込んでいたのだろう。集中していたのか、なにも考えられなかったのかわからない。釣りをする回数は減ってしまった。釣りは好きだが、彼女とのことを思い出してしまうからだ。遠征から六年が経ち、ようやく英語とイモ語の翻訳書ができた。ここまでこれたのは、トムと
そしてついに、僕と
この一件がこの世界をひっくり返すほどの一大事件を引き起こすことになるとは……
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