第四話 一大事件と世界の謎

 実はこの六年で、サトイモ王国の使者が二年に一度島に来てくれるようになり、今回、以前上陸した海から馬車であのお屋敷まで送り届けてくれる取り決めになっている。二人での航海は気が楽ではあったが、六年前の悲劇が呼び起こされるので、空気が重かった。重いのは彼が、前回より大きい荷物を積んできたからかもしれない。ヒーモ族で長い間使われ続けている布製のバッグいっぱいに何かが入り、今にもはちきれそうだ。


 白い砂浜と、灰色の生き物がだんだんと大きくなってきてついに上陸した。兵隊の中心には六年前より貫禄が増し、あごひげを生やした王がいた。「ようこそ、イモの国へ。あなた方とお話しできる日を心待ちにしておりました」みたいなことを言っている気がしたので「こちらこそ たのしみ でした」六年かけて必死に覚えたイモ語を、たどたどしく話すと周りにいる兵隊と王が驚いたような表情を見せた。


 僕たちが馬車に入ると王が、流ちょうに話し始めた。「ヒーモ族と話してみたかった。私の家族はこれから屋敷の別館で会食をするので一緒にどうだ。あなた方が、悪い人ではないと証明したい」などたくさんのことを笑顔で話してくれた。竜吾りゅうごは、イモ語を理解できていないので僕が翻訳して伝えると、ここに来てからずっと険しい顔をしていた彼から笑顔がこぼれた。ようやく笑ってくれてほっとした。


 以前招かれたお屋敷につくと二人は大広間に連れていかれた。奥には大きな椅子が置いてあり、ところどころに美しい装飾が施されていて圧巻だった。部屋の真ん中に、あとから置かれたような丸い机と椅子が置いてあった。会談が始まりしばらくすると、竜吾りゅうごが、僕にトイレに行きたいと言ってきた。そのように王に伝えると王が、側近を一人使い、荷物を持った彼をトイレに連れて行った。


 しばらく二人で話していると、大きな音が聞こえた。二人は一瞬動きを止め、すぐに音のほうへ吸い寄せられていった。道中、先ほどの側近が倒れている。嫌な予感がする中、二人は音のしたところに向かった。お屋敷の裏側の丁寧に整備された、お庭だ。


 空高く燃え上がる炎の前に、一人のヒーモ族がこちらを見ながら立ち尽くしていた。「竜吾りゅうご!」僕は思いっきり叫んだ。炎の音をかき消すような甲高い笑い声が彼から聞こえる。「宗山むねやま! ティナの仇を取ったぞ! あいつだけじゃない。俺らの仲間が理不尽に殺されないようにするんだ! イモたちの支配を終わらせ、俺たちの楽園にするんだ! まずはサトイモ王国の王家一家、皆殺しだ!」狂ったような笑顔で、叫んでいる。目の前で燃えているのは、先ほど王が言っていた別館だろうか。背筋が凍り、何が起きたのか整理しようとした。……無理だ、あいつがなにを考えているのか理解できない。


 「何をした。そもそも、そんなことするなんて聞いてねえよ! そんな素振り見せなかったじゃないか」僕は感情のままに言葉をぶつけた。「爆弾だよ。お前が翻訳している間にずっと作ってたんだよ。こいつらへの恨みを込めてな! 前に言ったろ、処世術しょせいじゅつを学んだって。殺意を隠して隠して、隠し通してきたんだよ!」完全にイカれている。僕が反論しようとしたとき、後ろから銃声が聞こえ、あの日が思い出される。


 振り返ると王が鬼の形相で竜吾りゅうごに向かって発砲し、倒れたあいつのところまで駆け出し、剣でめった刺しにしていた。炎を背景にイモが叫びながら化け物を刺している、なかなかの地獄絵図である。そんなことを思っていると、僕は兵隊に体を地面に押さえつけられた。あまりの衝撃と疲れからか、体が動かなかった。「この裏切り者が……裏切り者……」憎しみのこもった声が、連行される僕の隣から聞こえ続ける。王の悲痛の叫びが僕の耳から抜け出すことはなかった。僕は「ごめんなさい」と日本語で言い続けるしかできなかった。


 僕は暗い地下の牢屋に入れられた。極度の緊張と疲れから、牢屋の薄い布ですぐに眠りについてしまった。これが悪い夢だと信じたかったからかもしれない。目が覚めると真っ黒な世界にいた。ここへ来る時に見た暗闇に似ていて、あの声が聞こえた。


 「こんにちは、あなた方は部外者でありながら、この世界を揺るがすほどの事件を起こしてしまいました。これはあってはならないことです。よって、あなたがここに来てからの世界をリセットします。しかし、あなた方は今まで誰も起こせなかったことを引き起こした稀有けうな存在でもあります。それを認め、あなたをこれから元の世界に戻しましょう」優しい声が脳に響く。なにを言っているんだ? 頭が混乱した。


 「あなたは誰なんですか? 戻すということは、ティナも蘇るのですか?」謎の声に矢継ぎ早に聞いた。


 「私は、あなた方が神と呼ぶ存在です。いえ、戻るのはこの世界の住民のみです。あなた方は以前の私が、当時の地球にいらないと判断した人たちであり、ここにいるのは罰ゲームのようなものです。寿命以外でヒーモ族の人たちが亡くなればあちらでも亡くなります。ただし、あなたの願いはある程度叶えましょう。もちろんあなたが、この世界でもう一度生きることは許されません」優しく、ただ機械的に、質問だけに答えてきた。


 「みんなから僕らの記憶が消えるんですよね?」


 「そうです。あなた方だけでなく、通常ヒーモ族は寿命を迎え地球に戻れば、ここでの記憶はすべて消えます。そして、あなたがここに来る直前まで世界を戻すため、あなた方の存在は誰の記憶にも残りません」


 「なら、トム・ハーバーだけでいいので今までの記憶を残してください」


 「……分かりました。しかし、いいのですか? 彼はこの十年の記憶が残るため実質二十年、ここで暮らさなければいけないのですよ」


 「……それでも、彼に僕たちを忘れてほしくないです。彼は強いからきっと大丈夫です!」出せるだけのカラ元気で答えた。


 「明るくなりましたね。それでは、さようなら」この言葉とともに優しい笑い声が聞こえた気がした。ごめん王様、期待や信頼を裏切る形になってしまって。それとみんな、助けてくれてありがとう。


 「記憶は消えても、経験は消えませんよ」薄れゆく意識のなか、神の声が聞こえた気がした……



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