第二話 凶兆
あれから殴られ続け、気がつけば辺りは暗くなっていた。ここで目が覚めた時は夕方だったらしい。なんとか誤解を解くことができたので先輩たちにこの世界について質問をした。「ここはどこなんですか?」
「ここがどこかなんて誰も知らねえよ。俺らは全員地球から来てて、ここじゃヒーモ族って言われて差別されてる。繁殖はできないし、十年経てばみんな死ぬ……言葉は通じない。ここに夢を見てるならやめとけよ」そんなことを低い声で言われて、僕は心がさらに沈んだ。ここで楽しく転生ライフを過ごすには過酷すぎる環境だった。
夕方の傷が腫れてズキズキと痛む。今となっては、あんなに消えたかった元の世界に戻りたいとすら感じている。ああ、これが悪夢ならとっとと覚めて地獄の現実に帰りたい……そんな気持ちを体の中に無理やり押し込んでヒーモ族のみんなと関わっていた。
先輩二人についていくとそこには小さな焚火があった。ここに来て半日、ようやく僕の知っている物に出会えた気がする。こんな小さい焚き火一つに心を動かされてしまうとは……僕は自分の心が別人のものと入れ替わってしまったのではないかと本気で疑った。
そこに日本人の彼、それと殴られているところを止めてくれた新入りを交えた五人で焚火を囲うように座った。「俺はトム・ハーバー。よろしくな新入りの三人」と英語で
疲れた。ここに来てからずっと頭を働かせ続け、殴られ続けていたのだ。自分の自己紹介が終わると、体の中で緊張の糸がプツンと切れたのを感じた。その後、みんながなにを話していたのかよく覚えていない……このまま眠りにつけば元の硬い布団の上に戻れるだろうと、淡い期待を抱いたまま眠りについた……
目が覚めるといつもの家で、息苦しい生活が迎えにきてしまった。それなのに僕の顔は喜んでいる。
大きなため息を吐いた。体内の空気が全て漏れ出たような大きなため息だった。夢だったのだ。息苦しい生活に戻ることができた夢を見ていた。戻りたい。元の世界が息苦しいと言うのなら、ここなら二秒で窒息死するだろう。僕は神様を信じてはいないが、もし実在するならば僕は間違いなくこう懇願する。もう転生したいなどと言わないから僕を帰してくださいと。まさか、あそこよりも住みにくい世界があるなんて想像もしなかった。まだ朝だというのにトムに起こされたのだ。こんなに早く起きたのは会社に勤めていた時以来だ。硬い地面で寝るのは腰に悪い。大きく体を伸ばすと、登ってきた太陽と目が合った。
太陽が無邪気に笑っている。僕は朝日が嫌いだ。せっかくつらい一日を乗り切ったのに、あいつはまた次の一日を引き連れて、
少し歩くと、木で作られた小さな小屋についた。
僕が軽く頷くと、ボスが口を開いた。「あんたは、あっちでなにをしていた? ここでは自分の得意分野で俺らに協力してもらう」こいつも高圧的な態度だなと思いながら、渋々「翻訳をしていました……」と言った。小屋全体にボスのため息が充満した。(まずいこと言ったか?)少し怖くなったが、逃げださずにその場に立っていると、「じゃあ、お前にはイモ語の翻訳を頼む。この世界の連中と言葉を交わせるようにしろ」冷たく言われた。返事をするよりも先に、ボスに出てけと手でジェスチャーをくらったので小屋から出て行った。
すると後ろから、「いつも、お前みたいな使えない奴は労働に回されるんだが……たぶんリューゴが説得したんだろうな、感謝しとけよ。あいつボスに会うなり殴りかかってさ、すぐに気に入られてたよ。変な奴だ」トムがぶつぶつと話しかけてきた。(僕、
僕らヒーモ族は、この世界の住人とは険悪な仲で交流がほぼないため、翻訳の仕事が進まない。そのため魚釣りの手伝いをして、働いているアピールをしていた。そこには、焚火で一緒にいたティナもいた。ここで食べる魚は味もついてないし、焼くことしかできないから、あまり美味しくない。そもそも魚はそこまで好きじゃないし……でも毎日のように食べてるうちに、皮まで食べるようになった。
「何が釣れたの?」明るくティナが話しかけてくれた。「これは……アジかな? 地球ではどんなことしてたの?」我ながら会話がへたくそだ……「なに、私のことナンパしてるの?」笑いながら冗談交じりに返してきた。「違うわ!」照れていたことを隠すように大きな声で答えた。実際のところ、僕は彼女に好意を抱き始めていた。
それから、三年ほどが経過した。昨日ボスが寿命を迎えて亡くなった。ここで死ぬとどうなるのか、誰も知らなかった。この三年間で僕は多少前向きになり、翻訳の仕事に真剣に取組み始めていた。ただし、データが全くないため、ほとんど進まなかった。スマホがあればと現代の技術のありがたさを知った。
分かったことはそれだけではない。僕と
「あの時、翻訳の担当をしてくれてありがとな! お前がいなかったら、分かり合えなかった……だからボスに通訳は必要だって言ったんだ。俺はここにきて分かったんだ。
「実は俺さ、お前らとひと月しか変わらないんだよね。初めての後輩だったからさ、先輩ぶっちゃって……しかも初対面の人と話すの苦手なんだよね」トムが恥ずかしそうに笑いながら僕に話してきたときは驚いたが、それから仲良くなっていった。
そして、ティナと僕は付き合い始めた。釣りを口実に話していると、その日あった嫌なことがどんどん汚い海に流れ出していくのだ。とても居心地がよく楽しいので、「元の世界に戻れても釣りをしようね」という恥ずかしい告白? をしてしまった。ティナは顔を赤くして(見た目は温泉でのぼせたサルのようだった)首を縦に振ってくれた。それから僕らは付き合った。いろんな人と関わるようになって、久しぶりに人と話すことが楽しいと思えた。
そんな、楽しい日々は過ぎていき明日、僕ははじめての遠征に行くことになった。この悪夢の遠征を僕は、忘れられないだろう……
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