第1話 デート?3/5

「最っ悪」


 あの日はお天気お姉さんが嘘をついた日だった。

 一日中晴れって言っていたのに、駅を出た途端大雨。


「嘘つきじゃん」


 バイトで疲労がたまっていたカラダを湿気が包み込む。


 金欠学生の私はほぼ毎日バイトを入れていて、7連勤目だった。漸く明日は休みだっていうのに。

 さっさと帰りたいのに。


 このまま雨が止むのを待つか、それともコンビニで傘を買うか。


 私と同じように足止めをくらっている人たちを眺めながら考える。


「お金、使いたくないなあ」


 無駄遣いをしたくない。でも、濡れて帰るには雨が強すぎる。


「仕方ない」

 もう少し雨が止むまで待とう。


 酷くなる雨を見ていたくなくて駅の中に戻ろうとしたとき、

「ねぇそこのお嬢さん」

 上下紺色のパンツスーツ姿の女性に声をかけられた。


「お嬢さん……?」


 周りを見渡してみる。今のセリフ、私に言ったわけじゃないよな。


「貴女だよ、貴女」


 私だった。


 無駄にニコニコした女性は一歩踏み出して近づいてきた。


 反射的に一歩後ずさる。


「なにかご用ですか」


 警戒して当然でしょ。こんな人知り合いにいない。

 声をかけられる理由も見当たらない。


「私とお茶しない?」


「えっ、ナンパ?」


 嘘でしょ。マジかよ。アンビリバボー。


「うん、ナンパ。近くにいいカフェがあるの。行かない?」


「丁重にお断りします」


「え、断られた」


 そんな目を見開かないでくださいよ。

 断るでしょ、普通。


 見知らぬ人について行ってはいけません。

 幼稚園児ですら知っていることです。


「じゃっ、じゃあさ、お金! お金出すからっ」


「はい?」


 なんて言った? 「お金出す」って言った? 言ったな。言ったよな。

 マジか。

 この人頭おかしいな。


「信じられない? じゃあほら、先に支払うから」


 肩にかけていた鞄を漁ったと思ったら財布を取り出して、

「お願い、一緒にお茶に行ってください!」

 頭を下げて諭吉を5枚差し出してきた。


 うん、ヤバイ。この人はヤバイ。ついて行っちゃダメな人だ。


 それはわかってる。


 でも、5万円……私が何時間も働いて稼げる額。


「わかりました」


 気づけば頷いていた。

 仕方ないじゃん。お金くれるって言うんだもん。


「じゃあ行きましょう」


 ただ相手にペースを握られたくなくて、先に一歩踏み出す。

 見たところ彼女も傘を持っていないみたいだし、まずは傘を買わせないと。


「待ってよお。置いてかないで」


 背後から追いかけてくる声を無視して、私はコンビニへと向かった。


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