第11話摩耶の試験

摩耶の所在が知れたのは朗報だ。

優しい摩耶に会いたい。

私は心から思った。

一年と少し前までは摩耶がいるのが、当たり前の生活だった。失って、分かったことがある。私には木蓮と同じぐらいに摩耶が必要なのだと。


「摩耶に会いたい……」

私は木蓮に言う。


「分かった。手はずを整えよう」

木蓮はそう答えると摩耶が働いているという南梅城に向かった。

坂伊の街でも指折りの商人である木蓮には城にもつてがあるということだ。

わずか数年でどうやったらそれほどの豪商になれたのかと私は木蓮にきいた。


余っている物を足りてないところに売るだけだ。そう木蓮は言う。

その時に少しだけ利益を上乗せする。

それが儲けだと彼は説明した。

その上乗せする利益は高すぎてはいけない。かといって安売りすると自分たちの生活がなりたたない。

そのあたりをどのように設定するのが商売の面白いところであり、難しいところであると木蓮は説明した。

また、人が必要なものを高値にしたり、買い占めたりしてはいけないとも言った。

その時は大儲けできるが、その後、信頼を失って商売は続けられなくなる。それに恨みを買っては意味がない。

商いは飽きないようにしなければいけないと木蓮はだじゃれのようなことを言い、南梅城に向かった。



お昼に葱と油揚げの入ったうどんを食べ、妙さんの手伝いで屋敷の掃除をしていたら、木蓮が帰ってきた。

「摩耶さんに会えるように手はずをしたよ。近くの茶屋で待って貰っている」

木蓮は言い、私の手をつかむ。

ちょっと乱暴だけどまったく嫌な気がしないのが、不思議だ。

「いってらっしゃいませ、若奥様」

妙さんがそう言い、私たちを見送った。

妙さん、今朝あったばかりなのにわかっているじゃないの。



木蓮がまたがる馬の背の後ろに乗り、私たちは摩耶が待つという茶屋に向かう。ほどなくしてその店につく。

馬を店の者に預けて、私たちは女中の案内で摩耶が待つ部屋に入る。

摩耶は静かに本を読みながら待っていた。

「日向摩耶さん、お待たせしました」

木蓮が言う。

摩耶が本から視線を外し、私を見る。

「そちらが紅音様を名乗る人物ですか。魔術でそのような姿になったということですが……」

値踏みするように摩耶は私を見る。

「顔はまったく違いますが、お体のほうはかなり近いですね」

摩耶が私の胸の膨らみを見て、そう言った。


私は摩耶に疑われているのが悲しい。これも咲希の策略かと思うと自然と怒りがわいてくる。咲希は私と入れ替わり、贅沢三昧の生活をし、愛人を囲っているという。

まったくなんてことをしてくれるのだ。

それが大君となってまでやりたかったということなのか。


「では、お聞きします。姫殿下が初陣の前の日に蘭士元殿が西の柊様の領地から持ち帰られたのは杏を干したものでしたよね。あれはたいへんな美味でしたね」

摩耶はそう言い、湯飲みに入った緑茶をすする。


彼女は何を言っているのか。全然違うじゃないか。


「何を言っているの、摩耶。あの時食べたのはこの梅史恩領の南にある宝来島でとれた鳳梨パイナップルの実を干したものじゃない」

私は言った。

この事を知っているのは虎将と摩耶の兄妹、それに蘭士元だけだ。


私の言葉を聞き、摩耶はぽろぽろと涙をこぼした。

「よかった、生きておられたのですね」

摩耶は立ち上がり、私を抱きしめる。

久しぶりに感じる摩耶の肌の温かさに私も勝手に涙が流れた。

あれっ胸に違和感がある。

摩耶がふにふにと私の胸を揉んでいる。

「あら姫殿下、しばらく会わないうちにまたお胸が大きくなりましたね」

摩耶が言う。

「こらっ摩耶、くすぐったいじゃない」

私は言い、心から笑った。


その様子を見て、木蓮も嬉しそうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る