第10話梟の白也
頭上を何回か旋回し、梟の白也が舞い降りる。ゆっくりと羽ばたき、白也は私の肩にとまる。キューキューと喉を鳴らすように鳴き、私の頬に柔らかな羽毛が生えた頭をこすりつける。
「白也……」
どうやら彼には私が本物だとわかっているようだ。猛禽類である白也がこのような甘えた態度をとるのは虎将と摩耶の
「この梟は紅音が本物だとわかっているようだね。さすがは太陽の女神
形のいいあごを撫で、木蓮は言う。
伝説では太陽の女神芽流か地上に神託を下す際に使いとするのが白梟だとされている。
梟の白也がいるということは近くに虎将がいるということか。だとしたら、彼に会いたい。それにこの国が一年と少しでどうなっているのかも知りたい。
「木蓮、この国がどうなっているのか?」
私は聞く。
私の言葉を聞き、木蓮はうつむく。
この様子をみる限り、良くはなっているようではなさそうだ。
「ここではなんだ、私の屋敷で話そう」
木蓮は言った。
木蓮は手代の少年たちに何かを命じた。
ほどなくして大型の馬車が鯨屋の前にやって来る。私たちはその馬車に乗り、木蓮の屋敷に向かった。
木蓮の屋敷は坂伊の街の郊外にある。馬車で半刻ほどで到着することが出来た。かなり大きな屋敷だが、華美は装飾は見受けられなかった。
「
白髪の老女に木蓮はそう命じた。
「かしこまりました、旦那様」
うやうやしく頭を下げて、妙と呼ばれた老女は奥に消える。
私は大広間に案内され、そこで朝食をとった。梟の白也は庭の松の木で休んでいる。手代の少年から猪肉を貰って食べている。
「およそ一年前、大君が初陣から帰ってこられてから大きく世は変わった。今ならそれが別人といれかわったためだというのがわかる」
食後のほうじ茶を飲みながら、木蓮は言う。
私にも妙さんがほうじ茶をいれてくれた。小皿に金平糖を乗せたものも出してくれた。
久しぶりに食べた甘いものに私はまた泣きそうになる。
「紅音は甘いものがすきだからな」
微笑みながら、木蓮は言う。
私はぽりぽりと金平糖を食べながら、木蓮の話を聞く。
初陣から帰った大君、正確には私といれかわった咲希は贅沢三昧の生活を送っているという。政治は執政と征北将軍をかねる藤幻夜に一任しているという。
「蘭彩歌は、あの男はどうしている?」
私はきいた。
あの生真面目な男がこのような事態を黙って見ているわけはない。
しかし、藤幻夜が執政になっていると木蓮は言った。
「蘭彩歌殿は執政の任を解かれ、妻の実家である西の柊家に身を寄せているという」
木蓮は言った。
執政の職を解かれてもなお、蘭彩歌は政治をかえりみない大君に何度も進言したが、当然のように受け入れられることはなかった。
まつりごとの取り仕切りを藤幻夜だけにまかせるようになった大君に失望し、彼は西の地に身をひいたという。
職を解かれたとはいえ、蘭彩歌が無事でよかった。
「虎将殿はどこでどうしているかはわからない。だが、その梟がきっとその所在を教えてくれるだろう」
木蓮は言う。
初陣から帰った大君に虎将は何度も謁見を求めたが、そのすべてを断られたという。業をにやした虎将は白也とともに大君の生活の場である御所に乗り込んだ。
何人もの使用人にとめられた虎将だが、剣豪である彼を止めきれるものは御所にはいなかった。
突然の訪問に大君、咲希は声をあらげてしかりつけたという。
驚くべきことに咲希は御所に愛人を住まわせていた。
虎将の肩にとまっていた白也が突如、大君に襲いかかろうとした。それをどうにか虎将はおさえた。
「そうか、そういうことか。この者我が剣を捧げる者にあらず」
虎将はそう言い、御所をあとにした。
不敬の言葉に腹をたてた大君は虎将の処刑を命じたが、誰もそれをなしえなかった。
虎将はその日から行方不明となった。
「その梟は今の大君が偽者であることが分かったのだろう。姿はごまかせても本質まではごまかせなかったのだろう」
木蓮は言う。
もうひとり、私は気になる人がいる。虎将の妹摩耶である。
「その人なら、かなり近くにいる。日向摩耶殿は大君家を辞したあと、この貿易港坂伊の領主である梅史恩殿につかえているということだ」
木蓮は言った。
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