第6話 罠と裏切り
翌日の昼すぎには賊徒たちがたてこもるという集落に到着した。
私の護衛隊を藤幻夜の軍が包む形で進軍する。
その集落に入り、私は違和感を覚えた。
人の気配がまったくしないのである。
静まり返った集落だ。
そこに人がいた気配が完全に消えている。
ここにいるのは私たちだけではないのか。
疑問が頭をよぎる。
静まり返った集落だ。
私は周囲を見渡す。
だが、そこにいるのはやはり私たちだけだ。
私は馬首を並べる
彼女は仮面をずらす。
どうしたのだ?
このような衆人環視のなかで素顔をさらすとは。
その顔にはどこか下品な笑みがはりついている。
端正な顔をした咲希には不似合いな笑い方だ。
咲希はどうしてしまったのか?
「この集落には賊徒などいません。もともと反乱などおこっていないのです」
完全に仮面をとり、咲希は言う。
白い仮面を地面に捨てる。
その白仮面を彼女の馬が踏み潰す。
くるりと馬をひりがえし、藤幻夜は私をみる。
その視線にはどこか侮蔑した感情がこめられているような気がした。
「大君殿下、あなたが悪いのだ。弱者に必要以上の慈悲など必要はいらぬのだ。この世に必要なのは強者とそれに従う者だけだ」
そう言い、藤幻夜は右手をあげ、一気に振り下ろす。
藤幻夜配下の弓兵が矢を一斉に放つ。
彼らの弓の腕前は全員が達人なみだ。
私の護衛の兵士たちが次々と矢に射抜かれ、絶命していく。
わずかに生き残ったものを黒獅子隊の騎兵たちに槍で貫かれ、剣で斬り殺される。
護衛の兵士たちはあわれにもまたたく間に全滅した。
周囲は血の海となった。
「藤殿、なぜこのようなことを……」
私はあまりの凄惨な光景に震えがとまらなかった。
生まれて初めて見る虐殺の景色に恐怖していた。
死がすぐそこにある。
私もこうなるのか……。
木蓮に再び会うこともなく。
私は自身の身を守るために刀の柄に手をかける。
一人の武者が私の前に立ちはだかる。
黒い鉄鎧にその馬も黒い甲冑を着ている。
甲には藤の花が意匠された飾りがつけられている。
それはその者が藤家につらなる者をあらわしている。
彼は藤幻夜の息子の夜叉だ。
藤夜叉の剣が私に襲いかかる。
どうにかして馬を操り、その強烈な斬撃をかわす。
私は左手に刀を持ち、彼の喉めがけて突きをくりだす。
ここで遠慮など無用だ。殺す気でいかなければ藤夜叉には勝てない。
だが、その攻撃はあっけなく藤夜叉の次の一撃ではじきかえされた。
私の刀は地面にとばされ、そのまま突き刺さる。
強烈すぎる一撃のため、腕がしびれて動かない。
「なかなか良い突きでござった。きっとよい剣士となられたでしょう。未来があればの話でござるが」
剣の切っ先を私にむけて藤夜叉は言った。
「貴方は私と同じように市井で生まれ育った。貴方は大君として皆にかしずかれ、敬われた。弱者のためのまつりごとをするおまえを聖女と呼ぶものもいる。私のほうがすぐれた能力をもつというのに、仮面をつけて素顔を隠して生きなければいけない」
殺意をこめて、咲希は私を見る。
「この偽善者め。私はおまえが憎い。私に慈悲を与えて、愉悦にひたっていたのだろう。さぞかし楽しかっただろう。皆に優しき君主などとよばれて気持ちよかっただろうて」
咲希は吐き捨てる。
咲希は何を言っているのだ。
それは逆恨みというものだ。
私はそんなふうに考えたことはない。
救護院や病院をつくったのはそれが必要だと思ったからだ。
大君となったからには木蓮が見て落胆しないように、恥ずかしくないことをやろうと思ったからだ。けっして咲希を見下そうなんておもったことはない。
私がいいわけをしようと口をひらこうとしたとき、咲希はその形のいい胸の前で複雑な手印を結んでいく。
白目で低い音の呪文を唱える。
その呪文を聞いた次の瞬間、私の顔に激痛がはしる。
顔が焼けるように熱い。
思わず両手で顔をおさえる。
痛みと熱はすぐにおさまる。
まぶたをあけるとなんとそこには自分がいた。
はっきりいって私は混乱した。
赤い髪をした自分が目の前にいる。
「顔をいれかえさせてもらった。この日よりこの私が天弓国の大君なのだ」
あははっと私の顔をした咲希が言う。
彼女の言葉が正しければ、咲希の顔が私になり、私の顔が咲希になったということか。
私が理解に苦しんいることなど知ったことではない黒獅子の騎兵たちが体に鎖をまきつける。これでは身動きがとれない。
馬から地面に落とされた私の体に激痛が走る。
あまりの痛さのために声がでない。
ゲホッゲホッと咳き込むだけだ。
「さて大君殿下、いや見ず知らずの娘。おまえは我が居城の幻影城の地下牢で自らの行いを悔いるがいい」
藤幻夜は吐き捨てる。
私はこうして幻影城の地下に幽閉された。
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