第5話 北の太守との会談
「大君殿下、よくぞおいでくださいました」
黒馬にまたがる偉丈夫が低い、朗々たる声でそういった。その言葉の主こそ天弓国の武神とも呼ばれる藤家の当主幻夜であった。
年の頃は四十代半ば、精悍な顔をしたたくましい肉体をした武士である。
「世話になる幻夜殿」
私は北の太守に挨拶する。
私たちは藤幻夜の案内で彼の領内に入る。
藤幻夜の兵団は彼の騎馬隊二百と歩兵が千名。
藤幻夜配下の騎馬軍団は黒獅子と呼ばれ、天弓国随一の強兵として知られる。
黒い鉄鎧を装備した騎兵とその馬も鎧を着ている。
国境の街
藤幻夜は私のために宿屋を用意してくれた。ありがたいが、それは断ろうと私は考えた。
皆が夜営をしているなか、私だけが宿屋に泊まるのは気がひけたからだ。
だが、警備のためにもの強くすすめられたので私はしぶしぶ宿屋に泊まることにした。
明日は賊徒が占領したという集落を攻めるので英気をやしなっていただきたいと、藤幻夜が申し出たというのもある。
私は咲希とともにその宿屋に泊まることにした。
私の兵たちはその藤宮の近くで夜営している。
宿屋の大広間で私は藤幻夜の歓待を受けた。
「一応、これより戦場にむかうためたいしたもてなしはできぬが、ご容赦ねがいたい」
藤幻夜は言った。
「お気遣いかたじけない」
私は藤幻夜に言う。
「ところで大君殿下桜都に救護院なるものをつくって数年がたちますが、民を甘やかしすぎではござらぬか」
清酒をのみながら、藤幻夜は言った。
それは彼の思想を端的にあらわしている。
「民が安心してくらせる世にするのが統治者としてのつとめだと私は思う」
私は答える。
この天弓国には藤幻夜のような考えかたをするものがけっこういる。
強く美しいものだけが、生き残ればいい。
優れたものだけが生き残り、子孫を残せばいい。
優秀なものがそうでないものを淘汰すればいい。
そのような考えだ。
私はそうは思わない。
人は自分の意志とは関係なく弱者になるかもしれない。
その不安をとりのぞけば、きっと世の中はもっと明るい世になると思う。そういう世になれば、きっと木蓮もよろこんでくれるだろう。
「大君殿下は若いから、お甘いのだ。民は優しくすればつけあがるだけです」
ぐいっと酒を飲み、藤幻夜は言った。
その夜は私の兵たちにも餅と酒が藤幻夜の好意でふるまわれた。
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