第4話 初陣前夜

 初陣の朝をむかえた。

 その日も太陽の女神である芽流に祈りをささげる。

 どうかご加護を……。

 初陣の無事を祈る。

 少数の賊徒がたてこもる集落を攻めるという。

 強兵の藤の軍がいるのでそれほどの危険があるとは思えないが、戦場ではなにがおこるかわからない。

 

 朝食は赤飯と里芋の味噌汁、だし巻玉子、香の物であった。摩耶の優しさがしみわたる美味しい朝食だった。摩耶の朝食がしばらくたべることができなとおもうと少しだけ寂しい。


「紅音様、ご武運を……。武曲星様、文曲星様、どうか姫様をお守りください」

 摩耶は両手で私の手をにぎり、はげましてくれた。武曲星、文曲星は太陽の女神芽流を守護する双子星である。優しい摩耶のためにも無事に帰ってこなくては。

「大丈夫だよ、摩耶。出陣といっても藤殿の軍についていくだけだから」

 私は摩耶を心配させないためにそういった。

 たしかにそうなのだが、やはり戦場では何が待ち受けているかわからない。気をひきしめておかないと。


「紅音様、こいつを拙者のかわりに連れて行ってください」

 虎将が言った。

 日向虎将の肩にはおおきな白梟がとまっている。

 その梟の名は白也という。

 虎将が雛のころから飼っていて、本当の子供のように彼になついている。

「こいつはどうやら紅音様の一の家臣だと思っているようなのです。きっとお役にたつでしょう」

 虎将が言うとひとつ羽ばたき、白也は私の肩にとまる。キエエエッと白也は一鳴きする。ずしりとした重さが心地よい。

「よろしくな、白也」

 私は白也の羽をなでる。

 今回の戦には虎将は随行しない。

 我が国随一の剣士が参加するような戦ではござらぬという藤幻夜の進言があったからだ。かわりに白也がついてきてくれることになった。



「姫殿下、ついに御出陣なのですね」

 日向兄妹が去ったあと、一人の少女が声をかけてくる。黒装束に白い仮面というかなりかわった衣装を着ている。

 私に声をかけてきたのは御雷衆みかずち衆の咲希さきであった。

 御雷衆は天弓国において魔術を扱う唯一にして最高の使い手の集団である。

 たしかその始祖はいまだ存命で南海の宝来島にある朱魅山しゅみさんに住んでいると以前、蘭士元が言っていた。


 きょろきょろと周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると咲希は仮面を外す。 

 いかつい仮面の下からは女の私からみてもうらやましいほどの可憐な顔の少女があらわれる。

 御雷衆はその役目の重要性と希少性から素性をしられないように咲希のような衣装をみにつけている。その姿を知るものはごくわずかだ。

「姫殿下、此度の出陣にさいしても御雷衆の一人として随伴させていただきます」

 咲希は言った。


「ありがとう、咲希。頼りにしているよ」

 私は言う。


「いえ、孤児だった私たちが飢えずに暮らせるように救護院をつくってくださった姫殿下には少しでも恩返しをしたいのです」

 健気に咲希は言った。


 咲希は桜都おうとの貧民街にすむ孤児であった。私はそんな咲希たち孤児や貧しい病人のために救護院をつくった。

 そうすることで貧民街は清潔になり、結果的に流行り病を減らすことに成功した。

 前の大君の後継者たちが亡くなった原因の病の発症源もその貧民街だと蘭彩歌は言っていた。

 そして咲希のような優秀な人材を手に入れることができた。

 頭がよく、魔術の才能のあった咲希は御雷衆の一人になり、私専属の魔術師となった。



 北の藤幻夜の領土に出立するのは私と咲希、梟の白也、そして護衛の兵五十名であった。天弓国の盟主たる大君の護衛としては少ないとも思われたが、一騎当千ともいえる魔術師である御雷衆の咲希もいるので心配はいらないだろう。

 それに出陣といっても小規模の賊徒討伐で、しかも天弓国最強の藤幻夜の軍もついいるのだ。

 私たちの軍というのはあまりにも小規模の兵団は一路北に向けて出立する。

 一晩夜営し、翌日の昼過ぎには藤幻夜の領土との境に到着した。

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