第2話 思惑

 辰帝国との国境を守る藤家は天弓国の中で最も強兵の諸侯である。

 曰く北の武神、鉄壁、天弓の守護者など藤家の当主である幻夜につけられた別名は彼の軍がいかに強いかを如実に証明している。

 その藤幻夜が賊徒討伐のために援軍をもとめるとはどういうことだろうか。


「私に戦場の風を教えるためか」

 教師の質問に答えるように私は蘭彩歌に答えた。


 摩耶が静かに私たちの前に緑茶の入った湯呑をおく。このお茶は西のひいらぎけ家からの贈答品だ。ちなみに柊家は蘭彩歌の妻の実家である。

 さらに私の前に羊羹が乗せられた小皿をおく。

 さすが摩耶だ、気がきく。私は甘いものには目がないのだ。

 大君家のぜいたくはほとんどやめさせたが、この甘いものだけはどうしてもやめられない。

 それに甘いものを食べると頭がよく動く気がするから、やめるわけにはいかない。

 ささやかな贅沢を皆、黙認してくれている。


「おそらくそうでしょう。殿下は武門の棟梁でもあります。いつかは戦場の空気をすってもらわないといけません。そうでないと他の諸侯のしめしになりませぬ」

 もぞもぞと羊羹をたべている私に蘭彩歌は言う。

 大君とはもともと戦場の武士をまとめるためにつくられた役職だと前に教えてもらった。戦場に赴き、その責務を果たさぬものは大君として完全にみとめられないのだ。特権には責任がついてくるのだ。

「すでに出陣の用意は整っています。護衛として御雷みかずち衆のものも来ています。明後日にでも出陣できる手はずとなっています」

 蘭彩歌は言った。


 御雷衆とは魔術を扱うものたちの集団である。彼らの力は一人で一軍にも匹敵するという。その御雷衆までよびよせているのだ、すでにお膳立てはととのっているというわけだ。 

 まあいいだろう。

 いつかは戦場に立たねばならないのだ。

 その時がきただけだ。



「ただ気になることが一つあります。藤幻夜殿は強きことをもっとも尊ぶお方。殿下とはまつりごとに対しての思いが真逆でござります」

 蘭彩歌はそう言い、緑茶を一口すする。

「此度の出兵、お気をつけなされ」

 蘭彩歌はそういった。


 強く、美しいものがこの世を導くべきだ。

 端的にいうとそれが藤幻夜の考え方だ。

 弱いもの、貧しいものはそうなった自分たちが悪いのだ。自らの環境をかえる努力をおこったたから悪いのだ。才能もなく、努力もしなかったものを救うのは無駄どころか害悪だと藤家の人間はおもっているふしがある。

 明確な反論はできないが、私は違うと思う。

 誰しもなりたくて貧しくなったり、病気になったりするわけではない。

 個人ではどうしようももないことがあるのだ。

 私はそれを市井で何度も見た。

 だから、私は桜都に救護院をつくり、貧しいものたちが無料で治療を受けられる病院をつくった。

 それは木蓮に次にあったとき、けっして恥ずかしくないように考えてのことだ。

 木蓮が私を見て、誇りに思ってもらえるように考えてのことだ。


 このあと、領内の報告を受け、いくつかの書類に桜の花押を描く。

 この桜の花押は私独特の書き方がある。五枚の花びらの左上の花びらを他よりもすこしだけ大きく描くのだ。これは私が左利きであることに由来する。

 このことは誰にもいっていない私だけの秘密である。

 いわゆる事務仕事を終え、昼食を食べ終わった私は道場に向かった。

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